今回の話は一郎さんのお話です。思い当たる節がある人は要注意になりそうなお話です。それではお聞きください。
私の名前は黒田一郎、67歳。仕事一筋で生きてきて無事に定年を迎えることができました。妻には家庭のことを任せきりでしたが、これからは時間に余裕もあるので若い時に出来なかったことを色々としていければと思っています。
私と妻の美恵子は同じ会社で働く同僚でした。社内恋愛の末に結婚、3人の子供にも恵まれてそれなりに幸せな生活を過ごしていたと思います。私は仕事でお金を稼ぎ、美恵子は結婚と同時に仕事を辞めさせて家庭に入ってもらいました。仕事は続けたいと言っていましたが、女は家庭を守るのは仕事だと言い聞かせて辞めさせたことを覚えています。家庭の金銭事情が厳しければ仕事を続けてもらうつもりでしたが、幸いなことに私は稼ぎが良く、美恵子が働かなくても暮らしていけるだけのお金は稼げていたんです。
「そういえば、昨日母さんから電話があって同居の話を進めたいと言っていたよ」
「……同居?」
それまで茶碗を洗っていた美恵子がぴたりと止まり、冷ややかな目で見てきます。そういえば、美恵子はある時を境に私に対してこんな視線を向けるようになりました。専業主婦で大変なこともあるんだろうとあまり突っ込まずにいたのですが、さすがに同居に嫌そうな表情をされては私もカチンと来てしまうものです。
「私が定年したら同居の話を進めると言っていただろう?」
私が定年をした後に同居をするという話は以前からしていたことでした。美恵子は何も言わなかったのでてっきり賛同してくれていたものだと思っていたのですが、どうやら不満があるようです。
「不満そうだけど何が不満なんだ?同居すれば美恵子の負担も減るだろう」
「負担が減る?どこが?あなたは私にお義母さんの介護をさせたいだけでしょう」
美恵子の言葉にぎくりとしてしまいます。そう、母は年齢のせいか上手く身体も動かなくなり、遠くない未来に介護が必要だと言われていました。そのせいもあって、母から同居を急かされたのも事実です。だけど、私は長男。長男の嫁であれば介護は当然です。そのことを美恵子に告げると、彼女にしては珍しく大きな声で反論してきました。
「今まで私がお義母さんからされていた仕打ちを見て、あなたは当然だって言うのね!?」
母は確かに美恵子に当たりがきつかった部分もあります。ただ、それは嫁と姑であれば珍しくないことです。母だって美恵子に期待をしているから厳しくしている部分もあるんだと告げると、美恵子は呆れたようにため息をつきました。
「だったらもういいです。離婚してください」
離婚届けを出しながら美恵子が言ってきて、私はさすがに驚いてしまいました。どうして突然同居話から離婚話に進んでしまうのか分からなかったからです。
「あなたは分かっていないようですので、きちんと説明させてもらいますね」
そう言いながら、美恵子は今まで心に溜めていたことを話し始めたんです。私の母がいびりをしてきてつらかったこと、いびりに対して私が母の味方をしてしまったこと、普段は嫁として認めないと言っていたのに介護が必要になったら同居を言ってくることなどがありました。
「中でも一番許せなかったのは、私が両親の葬儀にも出ることを許してくれなかったこと」
美恵子の言葉を聞いてハッとしました。美恵子の両親は若い頃に亡くなっていて、彼女の兄が葬儀を取り仕切っていたことを覚えています。美恵子は葬儀に出たいと言っていたのですが、私の家に嫁いできたのだから許さないと言ってしまったんです。ちょうど仕事が忙しくて美恵子と話す時間も取れない時でした。思い返せば美恵子の冷たい視線はこの頃から始まったようにも思えます。
だけど私だって家族のために頑張ってきました。嫌な相手にも頭を下げ続け、残業は率先して引き受けて家族がお金に困らないようにしていたんです。その代わりに美恵子に家庭のことをお願いして何が悪いのだろうかという気持ちがあります。
「確かに美恵子のご両親の葬儀については悪かった部分もあると思うが……」
「私は昔から決めていたんですよ。介護や同居を言われたら離婚しようと」
そう言いながら美恵子は離婚届を見せてきました。確かに渡された離婚届はくしゃっとしていて、最近受け取ったものではないことが分かります。つまり、美恵子は昔から私との離婚を考えていたということです。
「それに気づいていませんか?子供や孫があなたに会いたがらないということに」
美恵子の言葉に私は首を傾げました。息子や娘も仕事が忙しいから実家に戻ってくる暇がないのだろうと思っていました。だけど美恵子の話では、私がいないところで実家に戻ってきたり、美恵子が娘や息子のところに行ったりとしていたそうです。どうして、そこまで私が子供たちから避けられるのか理由もわかりません。
「あなたはこれまで家族サービスを何もしてこなかったでしょう?そんな親を慕うと?」
金づちで頭を殴られたような衝撃が走りました。私はこれまでずっと家族のために仕事をして、ようやく家族との時間を持てると思っていたんです。だけど、美恵子や子供たちにとってはこれからの時間ではなく、これまでの時間の方が重要なのだと言ってきます。
「ま、待ってくれ。同居の話は俺がなんとかするから。離婚はしたくない」
「離婚すると自分のお世話をしてくれる人がいなくなるからでしょう?」
美恵子や子供たちのことは愛しているのに、それが伝わりません。土壇場で大事にしていると言っても、その場誤魔化しにしか聞こえないようです。家族のために仕事を頑張り続けた結果が離婚なら、私は何のために必死に仕事をしていたのでしょうか。
「仕事優先だからと考えているのかもしれないけど、それが原因じゃないから」
美恵子は言葉を続けて「あなたが私の気持ちや子供たちに寄り添わなかった結果よ」と言ってきたのです。確かに私だけが理不尽を受けているように思いましたが、これまで美恵子に対して行ってきたことなどを考えれば、今までのうちに離婚になっても仕方なかったほどです。自分や自分の親のことばかりで、美恵子と子供たちという家族に目を向けていなかったということなのでしょうか。
「母さんに同居はできないと言っても、離婚は撤回してもらえないのか……?」
「もし逆の立場であなたが私の立場でも同じこと言える?本当にひどいことをしてきたのよ」
私が同居の話を持ち出さなければ、美恵子はまだ我慢してくれていたのでしょう。話を聞くと、息子夫婦が美恵子と一緒に暮らすことを同意しているそうです。どうやら息子夫婦は何年も前から私と離婚をして自分たちのところに来ればいいと言っていたのだとか。
結局、私が何度説得しても美恵子は離婚を撤回しませんでした。そのため、67歳になった今私は熟年離婚を経験してしまったのです。もしも、美恵子の話に耳を傾けていたら、子供たちとの時間を取っていたら違う結果になっていたのでしょうか。
信頼は積み重ねるものだと言いますが、この年齢になってつくづくと感じています。美恵子や子供たちと信頼関係を積み重ねてこなかったから、私は家族から見捨てられてしまった。同居の話がきっかけではあったけど、きっと遅かれ早かれ私たちは離婚することになっていたのでしょう。子供たちに離婚の報告をしても「そうなんだ」とそっけないものです。だけど、私には悲しむ資格はありません。このそっけない態度は、私がしてきたことだったのですから。そのことを考えて残り少ない余生を過ごしていきたいと思います。
いかがでしたでしょうか。一郎さんのお話でした。最後まで謝罪ではなく説得するあたり、多分何も気付いていないんだろうなと思いますね。皆様も相手の立場で物事を考えるようにしてくださいね!人の話を聞くだけで気付く点もあると思います。
それでは、また。