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社長令嬢

いつまでも若く年の差純愛

雨音が窓を叩き、部屋の中に微かな振動をもたらしていた。夜の静寂を破るその音だけが、二人のいるこの小さな世界を包み込んでいる。振り返ると、直美が僕の肩にもたれ、安らかな呼吸を繰り返していた。その表情は穏やかで、美しく、そしてどこか無防備だった。この瞬間が、こんなにも愛おしいものだとは思わなかった。指先が彼女の髪に触れると、柔らかな感触が心にじんわりと広がった。

「まさか、こんな日が来るなんて……」

声に出した言葉が自分でも信じられないようだった。僕が40歳を目前にして全てを失い、どん底を這いずり回っていた頃には、こんな未来が訪れるなんて想像すらできなかった。リストラされ、価値を失ったと感じていた僕が、直美と出会い、そして心を通わせる日が来るなんて。僕が彼女の心に触れ、彼女が僕を必要としてくれるなんて……。まるで夢のようだ。

僕がリストラされたのは四十路を迎える一歩手前のことだった。会社から呼び出され、無機質な会議室に集められた僕たち数十人。その場の空気はまるで酸素を奪われたように重く、ただ沈黙だけが漂っていた。テーブルの上には白い封筒。封筒を見つめる人、手に取る人、震える手で開封する人。それぞれの絶望がそこにはあった。僕は無意識に封を切り、紙に目を通した。そこに書かれていたのは「希望退職」という名の一方的な宣告だった。

「今までお疲れ様でした」

人事担当者の声が、まるで他人事のように簡単に人の人生を狂わせる。机の下で握り締めた拳に、爪が掌をえぐる感覚が伝わる。だが、それさえも現実感がなかった。隣の同僚が僕に話しかけたが、その声すら遠く、まるで自分が透明人間になったように感じた。家に帰っても、待っている人など誰もいない。僕には家族も、帰る場所も、もう何も残っていなかった。

それから半年後、ようやく再就職が決まった。地元の建築会社「立花建設」。年収は前職の半分ほどに下がってしまうが、そんなことを気にする余裕すらなかった。前の同僚からは「働けるだけマシ」という声もあったが、僕自身には、ただ生きていくための道を選ぶしかなかった。その道が、どれほど険しいものになるかを知らないまま。

入社して最初に感じたのは、未経験者である僕が職場の異物でしかないという事実だった。現場では、職人たちの中に溶け込めない自分が明らかに浮いていた。いつの間にか若手職人の神田からは「メガネ」というあだ名を付けられ、冷笑の的となっていた。

「おい、メガネ。そんなんじゃいつまで経っても使い物にならねえぞ」その言葉に反論する術もなく、ただ唇を噛み締めることしかできなかった。

さらに厄介だったのは、社長の一人娘で事務を担当する直美だった。美しい顔立ちに似合わず、言葉は鋭く、冷たかった。彼女は僕の些細なミスを容赦なく指摘し、冷ややかな声で叱責した。「渡辺さん、この書類、間違っていますよ。ちゃんとチェックしてくださいね!」

彼女の言葉に、僕はただ「申し訳ありません」と呟くだけだった。神田の嘲笑と直美の厳しい視線が、毎日僕の心をじりじりと焼いていった。

それでも逃げるわけにはいかなかった。僕は現場作業を終えた後、一人で工具を磨き、図面を読む練習を繰り返した。少しでも早く戦力になりたい。そんな思いで夜遅くまで残り続けたある晩、直美が事務所に入ってきた。

「渡辺さん、まだいたんですね…あまり無理はしないでくださいね」

彼女の声は普段の厳しい声ではなく意外にも柔らかかった。振り返った僕は、彼女の視線に戸惑った。あんなに冷たかった彼女が、僕の努力を見て何かを感じてくれたのだろうか。それともただの偶然だろうか。僕は口ごもりながら答えた。

「無理はしていませんよ。自分の未熟さが悔しいだけです」あの日以降、直美の態度は少しずつ変わっていった。それがいつからだったのか、正確には分からない。けれど彼女が時折僕に向ける視線が、これまでの冷たさではないことだけは確かだった。直美が僕を気にかけてくれる瞬間が増えるにつれ、僕の中に微かな光が差し込んだ。ある日、直美が僕の肩を軽く叩きながら言った。

「渡辺さんは、本当に頑張り屋さんですね。見習いたいくらい……」彼女の言葉は、その瞬間だけで僕の心を溶かしていった。その日の夜、直美と共に帰路につくとき、僕は思い切って尋ねた。

「直美さん、どうしてそんなに優しくしてくれるんですか?」彼女は一瞬立ち止まり、少し恥ずかしそうに微笑んだ。

「頑張ってる人を応援するのって、普通のことじゃないですか?」彼女の微笑みと共に、僕の胸の奥がじんわりと温まった。

直美と僕の関係は、いつしか職場を超えたものへと変わりつつあった。ある日、社員旅行での夜の出来事が、二人の距離をさらに縮めた。その夜、彼女が僕の部屋を訪れ、ワインを片手に現れた。

「渡辺さん、ちょっと一緒に飲みませんか?」

彼女の頬は赤らんでいて、普段の彼女からは想像もつかない柔らかさがあった。浴衣から見える足が艶めかしい。グラスを傾けながら、彼女はふと真剣な表情になり、小さな声で問いかけてきた。

「渡辺さん、どうしてそんなに頑張れるんですか?」僕は少し考えてから答えた。

「自分が出来ることをする。ただ、それだけですよ……」

「渡辺さんは、いつも自分に厳しすぎますよ。もっと自分を大切にしていいんです。」

彼女の言葉がまるで柔らかな風のように僕の心を包み込む。その瞬間、僕の中にあった張り詰めたものが、ふっと緩んだ気がした。彼女の瞳がまっすぐに僕を見つめていた。その瞳には、僕の弱さや傷をすべて受け入れるような優しさが宿っていた。

直美との関係は、その夜を境に急速に深まっていった。彼女が僕に見せる表情は、次第に柔らかさを増し、僕も彼女に対して心を開いていった。ある日、二人で一緒に残業していたときに、彼女がふいに言った。

「渡辺さん、最近すごく頼もしくなりましたね。私、最初の頃は正直……少し厳しすぎたかもしれません。」その言葉を聞いて、僕は思わず笑ってしまった。

「ええ、確かに最初は怖かったですね。でもまあ、あの時の厳しさがあったから、今の僕があるのかもしれませんね。」

彼女も微笑みながら頷いた。その時、彼女の顔が近づいてくる。距離が近づき、彼女の香りがふわりと鼻をくすぐる。次の瞬間、僕たちは無言のまま唇を重ねていた。その温かさに、僕は全身が震えるような感覚を覚えた。

「……ごめんなさい、急に……」直美が少し照れたように呟いたが、僕は首を振った。

「謝らないでください。僕も……同じ気持ちです。」その後、僕たちは互いに何も言わずに微笑み合った。その時間が、どれだけ愛おしいものかを噛み締めながら。

それから数ヶ月後、僕たちは正式に交際を始めた。周囲には驚かれたが、誰もが祝福してくれた。神田ですら、初めて僕を「メガネ」ではなく「渡辺さん」と呼んだのだ。仕事でも信頼を得て、僕は現場リーダーとして新しいプロジェクトを任されるようになった。そして、直美との結婚が決まり、新しい家族を迎える準備を進めている。いつの間にか僕は次期社長のポジションに収まったのだった。あの雨音の夜、僕が彼女に誓ったように、この温もりを一生守り続けていくと決めたのだ。

直美の隣で、僕は未来への希望を胸に抱いている。かつて全てを失い、どん底を彷徨っていた僕が、彼女との出会いで新たな人生を歩み始めた。この手で築いた未来を、さらに力強く形作っていきたいと心から思う。僕の中にある感謝と愛情、そして彼女との新しい人生が、これからどんな形に広がっていくのかを楽しみにしながら。

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