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初対面で「うちにおいでしょ」と声を掛け

いつまでも若く感動純愛
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雨が降り始めた夕方、僕はバスに揺られながら本を読んでいた。久々に手にした小説の新刊で、物語に夢中になっていると、周囲の景色がぼんやりと霞んでいくような気がした。この時間だけが、日々の忙しさから解放される僕のささやかな楽しみだった。ふと顔を上げると、目の前に立つ女性が目に入った。肩にはトートバッグをかけ、片手でつり革を掴んでいる。明らかに顔色が悪い。汗が額に滲み、か細い息遣いが聞こえるような気がした。その様子は、ただ疲れているだけではないように思えた。
「大丈夫ですか?」
僕は思わず声をかけながら立ち上がった。彼女が驚いたように目を見開き、僕の顔を見つめる。僕が座っていた席を指し、「どうぞ座ってください」と促すと、彼女はためらいがちに「ありがとうございます」とつぶやき、ゆっくりと座った。座るなり、彼女は目を閉じた。その表情には疲れ切った様子が浮かび、何か大きな負担を抱えているのではないかと思わせた。僕はつり革につかまりながら、ふと気づいた。彼女の手元に見える大きなトートバッグには、何かしら生活用品が詰まっているようだった。それが気になりつつも、プライバシーを侵すようなことは言えない。僕は再び本を開いたが、彼女のことがどうしても気になり集中できずページをめくる手が止まってしまった。
駅についたバスを降りホームに向かう途中、急に腹痛が襲ってきた。急遽駅のトイレで用を済ませたものの、そのせいで乗るはずの電車を逃してしまった。
「ついてないな……」次の電車まで20分以上待たなければならない。仕方なくタクシーに乗ることにして、タクシー乗り場に向かった。その列の最後尾に、さっきの女性がしゃがみ込んでいるのが目に入った。彼女はうなだれ、肩を小さく震わせている。どうやら体調がさらに悪化したようだった。心配になり、声をかけた。
「どうしました?」彼女が顔を上げ、僕を見た。その目は不安と警戒心でいっぱいだったが、僕がバスで席を譲った人だと気づくと、少しだけ安心したようだった。
「体調が悪そうですね。救急車を呼びましょうか?」彼女は首を横に振り、「大丈夫です」と消え入りそうな声で答えた。しかし、その顔色は全然大丈夫そうには見えない。
「このまま待つのはつらいでしょう。どこまで行くんですか?もし近くなら、良ければタクシーで一緒に行きませんか?」
「……でも、知らない人にそんな……」彼女は弱々しく答えた。無理もない。僕の提案が警戒されるのは当然だ。だが、このまま放っておける状態ではなかった。
「無理にとは言いません。ただ、このままでは体が大変そうなので。どちらにしてもタクシーに乗るなら、僕と一緒でも変わらないはずです。」彼女はしばらく迷っていたが、やがて少しうつむいたまま、「……お願いします」とつぶやいた。その声には切迫感と諦めが混ざっていた。
僕たちは一緒にタクシーに乗り込んだ。隣に座る彼女は肩で小さく息をしており、どこか遠慮がちだった。運転手に住所を告げると、車は静かに走り出した。彼女の住所に到着すると、彼女は外をぼんやりと見つめたまま動こうとしなかった。「ここで大丈夫ですか?」と僕が尋ねると、彼女はうなずいて車を降りた。僕の目的を良い車をUターンしている間、彼女はマンションの前でまた立ち尽くしている姿が見えた。どうしても気になり、運転手に車を止めてもらい再び声をかけると、彼女は困惑した表情で振り返った。「迎えに来るはずの人がいないんです……」その言葉を聞いて、僕は考えた。このままでは彼女がここで一晩過ごすことになる。それはどう考えても無理だ。
「もう一度タクシーに乗ってください。とりあえず、近くの病院に行きませんか?」
彼女は最初は戸惑い、首を横に振ったが、僕の強い勧めでしぶしぶ承諾した。そして僕たちは近くの救急病院へ向かった。
病院に到着し、僕は彼女の代わりに受付を済ませた。名前は「多田野真由」、年齢は40歳。彼女は小さな声で住所や症状を説明しながら、時折言葉に詰まっていた。
診察が始まり、僕は待合室で彼女の順番が来るのを待った。受付で聞いた話では、彼女は風邪をこじらせたうえに脱水症状を起こしているらしい。しばらくして、点滴を受ける彼女の姿が治療室から見えた。目を閉じ、疲れ切った様子で横になっている。その姿に、何とも言えないやるせなさが胸に広がった。点滴が終わると、少しだけ顔色が良くなった彼女が会計を済ませるのを見て、僕は声をかけた。
「大丈夫ですか?」彼女はかすかに頷いたが、その顔にはまだ不安が浮かんでいた。「……ありがとうございます。本当に、助かりました。」
「この後、どうするんですか?泊まる場所はありますか?」彼女は少し俯いたまま、言葉を探すように黙り込んでいた。やがて、小さな声で「……行くところがないんです」とつぶやいた。その言葉を聞いた瞬間、僕は一瞬迷った。だが、こんな状態で彼女を放っておくわけにはいかない。
「それなら、うちに来ませんか?一人暮らしなので気を使わなくて済みますし、体調が戻るまでの間だけでも。」彼女は驚いたように顔を上げた。目の中には戸惑いと警戒心が見えた。「でも……そんな、知らない人の家に泊まるなんて……」
「もちろん、無理にとは言いません。ただ、このままでは休める場所もないんでしょう?体を休めることが最優先だと思いますし。」彼女はしばらくの間、僕の顔を見つめた後、俯きながら小さく頷いた。「……本当に、ありがとうございます。でも、ご迷惑をおかけしてしまうかもしれません……」
「気にしないでください。困ったときはお互い様ですから。」彼女のキャリーバッグを持ってタクシーに乗り込み、僕たちは自宅に向かった。
自宅に到着すると、僕は彼女をリビングに案内した。「少しここで待っていてください。部屋を用意します。」そう言って、僕は妻が使っていた部屋を急いで片付けた。部屋に入ると、久しぶりに見る家具や小物が少し胸に刺さったが、それでも急いで布団を敷き、簡単な寝床を整えた。
リビングに戻ると、真由さんはソファに小さく座り、どこか不安そうな表情を浮かべていた。「ここを使ってください。元々、妻が使っていた部屋なんですけど、今はほとんど手をつけていないので気にしないで大丈夫です。」
「……奥様が?」
「2年前に病気で亡くなりました。それ以来、この部屋はそのままなんです。」彼女は少し驚いたようだったが、何も言わずに小さく頭を下げた。「本当に、ありがとうございます。」キッチンに行き、買い置きしてあったレトルトのおかゆを温め、彼女の部屋に運んだ。「これ、食べられそうならどうぞ。無理しないでくださいね。」
「……ありがとうございます。本当に、何から何まで……」その声には申し訳なさそうな響きがあったが、同時に少しだけ安心したようにも感じられた。僕は「ゆっくり休んでくださいね」とだけ言い残し、自分の部屋に戻った。
その夜、布団に入って目を閉じたが、どうしても彼女の不安げな顔が頭から離れなかった。彼女は一体、どんな事情を抱えているのだろうか。まだ何も語らない彼女の心に、少しずつ触れていくことになるとは、このときは想像もしていなかった。

翌朝、仕事に行く前に彼女の部屋を覗いてみた。扉は閉まっていて、中の様子はうかがえない。深く眠っているのだろうと思い、玄関にスペアキーを置き、「家の中で何か必要があれば自由に使ってください。出かけるときはこの鍵を使ってください」とメモを添えて出かけた。次の日は仕事が夜遅くなった。家に到着すると明かりがついていた。玄関の前まで来ると家の中からいい香りが漂ってくる。玄関を開けると、リビングのテーブルには夕食が用意されていて、エプロン姿の真由さんが立っていた。
「おかえりなさい。冷蔵庫にあったもので勝手に作らせてもらいました。あまり大したものじゃないんですけど……。」彼女はまだ少し控えめな様子だったが、その表情は昨夜よりも柔らかくなっているように感じた。
「えええ!すごい!ありがとうございます。嬉しいです!」僕はこんな手料理を食べるのは久しぶりでつい笑みを浮かべながら、食卓についた。出された料理はどれも家庭的な味で、心が温まるようだった。

食事をしながら、彼女がぽつりぽつりと自分のことを話し始めた。幼い頃に両親を亡くし、施設で育ったこと。大人になってからも内縁の夫から暴力を受け続けていたこと。そして、その生活から逃げるために東京に来たこと。
「……結局、頼れる場所もなくて、SNSで助けてくれるという人を信じたのに、その人にも裏切られて……。本当に、どうしていいかわからなくて……。」彼女の声はかすれていて、目を伏せていた。僕は黙って彼女の話を聞きながら、どれだけ孤独でつらい思いをしてきたのかを想像した。
「真由さんが良いのなら、ここにいても大丈夫ですから。すぐに結論を出そうとしなくてもいいですよ。」僕は優しく言った。「少し落ち着いてから、ゆっくりこれからのことを考えましょう。」その言葉を聞いた彼女は、一瞬驚いたように顔を上げたが、やがて小さく頷いた。「……ありがとうございます。本当に、ありがとうございます。」その夜、彼女の「ありがとうございます」という言葉が、いつまでも頭の中に残った。

数週間が過ぎ、彼女との生活が徐々に日常化していった。体調が回復するにつれて、彼女は自分から家事を進んで引き受けるようになり、僕が帰宅すると、いつも夕食を作って待っていてくれるようになった。僕は帰宅するのがいつの間にか楽しみになっていた。ある日、彼女が食事の後で言った。「何かもっとお手伝いできることはないですか?ただ家事をしているだけでは申し訳なくて……。」
僕は少し考えた後、彼女にSNSの運用を手伝ってもらうことを提案した。僕の仕事は広報を含むデザイン業務で、SNSの投稿が滞っていたことを話すと、彼女は少し戸惑ったものの、「それでお役に立てるなら、ぜひやらせてください」と答えた。
ただ、いざ彼女が運用を始めると、SNSの反応はみるみる良くなった。彼女のセンスの良い投稿はフォロワーに好評で、かなり貢献してくれた。そんな中、彼女がふとした拍子にノートに描いたイラストを見たとき、僕はその才能に驚いた。
「え?これ……真由さんが書いたんですか?。むちゃくちゃ上手いじゃないですか。」彼女は少し恥ずかしそうに「昔から絵を描くのが好きで……でも、こうして褒められるのは初めてです。」
その言葉を聞いて、僕はあることを思いついた。「真由さん、もしよければ、うちの事務所の仕事を手伝いませんか?」彼女は目を見開いて、「え? 私なんかが……」と戸惑いを隠せない様子だった。
「在宅でも出来るんで!絶対に向いてますよ。これだけ描けるなら、間違いありません。」彼女は少し迷った後、小さく頷いた。「……もし、私でお役に立てるなら、頑張ります。」
真由さんが描いたキャラクターのデザインは、事務所でも大絶賛された。彼女のイラストには温かさと独自のセンスがあり、同僚のデザイナーたちも「こんな表現は思いつかなかった」と感心するほどだった。その後、コンペに提出した彼女のデザインが見事に採用されることになったとき、僕は真っ先にその報告を伝えた。
「真由さん、コンペの結果が出ました。採用されましたよ。」
「……え?」真由さんは驚いたように固まった後、小さくつぶやいた。「本当に?」
「本当です。これから、このキャラクターがあの商品の顔になるんですよ!」彼女の目には感激の涙が浮かんでいた。「こんな私の絵が……役に立つなんて……夢みたいです。」
「夢なんかじゃありません。真由さんの才能が評価されたんです。」僕は正式に彼女に提案した。「これを機に、うちの事務所で正式にデザイナーとして働いてくれませんか?」
彼女は目を見開き、驚きながらも少し迷いの表情を浮かべた。「……私なんかでいいんでしょうか?」
「もちろんです!真由さんの才能を、もっと多くの人に届けたいんです。一緒に働きましょう。」彼女は深呼吸しながら頷き、「……ありがとうございます。私、頑張ります。」と答えた。その表情は、今まで見たことがないほど明るかった。

その夜、僕の部屋のドアが静かにノックされた。「どうぞ」と言うと、真由さんがそっと入ってきた。その顔はどこか悲壮感を漂わせていた。
「どうしました?」彼女はベッドの前に正座し、真剣な表情で僕を見つめた。
「雄太さん……私仕事が決まったら出ていかないといけないですか?ここに居ても良いんですか?」その言葉に僕は少し戸惑った。「もちろんここに居ていいですよ!さっきも言った通り、真由さんには素晴らしい才能が……」彼女は首を振り、僕の言葉を遮った。「仕事のことじゃないんです……。私がここにいること、迷惑じゃないですか? それに、私はもう40歳を超えていて、若くもないし……」その言葉を聞いた瞬間、僕は胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われた。なぜ彼女はそんなふうに自分を卑下するのか。僕は彼女をそっと抱きしめた。
「そんなこと、絶対に言わないでください。真由さんが40歳だろうと、若くなかろうと、そんなの全然関係ありません。僕にとっては、真由さんがここにいるだけで十分なんです。」彼女は少し肩を震わせながら、小さな声で言った。「でも……私、本当に雄太さんに何も返せていない気がして……」僕は彼女の顔を両手で包み込み、静かに言った。「返すとかじゃないんです。僕は真由さんがいてくれるだけで救われてるんです。だから、そんなことを考えないでください。」彼女の目が潤んでいるのを見て、僕はそのままそっと唇を重ねた。お互いの温もりが伝わり合い、その瞬間に全ての不安が消えていくような気がした。
「雄太さん……。私、こんなに大切にされたのは生まれて初めてです…」僕は彼女の手をぎゅっと握り、微笑んだ。「これからは僕がずっと真由さんのそばにいますから、もう自分を卑下するようなことは言わないでください。」彼女は涙を拭いながら笑い、「ありがとうございます。本当に、これからもよろしくお願いします」とつぶやいた。

それから、僕たちの新しい生活が始まった。真由さんは正式に事務所の一員となり、彼女のデザインは次々と評価されるようになった。彼女が輝いている姿を見るたびに、僕は自分の中で彼女の存在がどれほど大きなものになっているのかを実感した。あの日、バスで席を譲ったことがこんなにも大きな出会いを生むとは思ってもみなかった。真由さんと僕、そしてこれからの新しい日々を、僕は心から楽しみにしている。

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