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秘密の時間

いつまでも若く感動純愛
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金さえあれば、何でも自由にできると思っていた。

 俺は二十代の頃からFXにのめり込み、寝る間も惜しんで相場と向き合ってきた。時には大きく勝ち、時には絶望するほど負け、そうやって波乱万丈な日々を過ごしながらも、気づけばまとまった資産を築いていた。もう働く必要はない。時間も、金も、思いのままに使える状況になった。

 だが、そんな生活は想像していたほど楽しいものではなかった。金を持つと、やたらと人が寄ってくる。学生時代の友人が久しぶりに連絡をしてきたかと思えば、最初の世間話を終えた途端に「ちょっと相談があってさ……」と金の話を持ち出してくる。出会った女性たちは、俺が投資をしていると知るや否や目の色を変え、あからさまに好意を向けてくる。けれど、それが俺自身ではなく、俺の持っている金に向けられたものだというのは痛いほど分かる。

 そんなことが続くと、人間関係そのものが面倒になった。最初のうちは、社交辞令でも適当に受け流していたが、だんだんと誰とも関わりたくなくなり、気づけばほとんど家に引きこもるようになった。

 朝、目が覚める。スマホを手に取るが、未読のメッセージはなし。数少ないやり取りは、投資関連のニュースサイトからの通知ばかり。飯を食い、テレビをつけても、特に観たい番組があるわけじゃない。結局、適当に映画を流しながら昼間をやり過ごし、気づけば夜になっている。

 そんな日々が、果たして「自由」と呼べるものなのか。ふと、思った。このまま、何の刺激もないまま老いていくのか。誰とも深く関わらず、ただ金と時間を持て余して、何も変わらない日々を繰り返すのか。

 ある日、そんなことをぼんやり考えながらネットを眺めていると、偶然キャンピングカーの特集記事が目に入った。広々とした車内の写真や、全国を旅する人々のインタビューが載っている。

よし買おう!そんな軽い気持ちだった。何か新しいことを始めるなら、これくらい思い切りのいいほうがいいかもしれない。そうして展示場へ向かい、実際にキャンピングカーを目の前にすると、久しぶりに胸が高鳴るのを感じた。こんなにワクワクするのはいつ以来だろうか。あれこれ考えるのは後回しだ。とにかく、一歩を踏み出さなければ何も変わらない。そうして俺は、大きなキャンピングカーを購入し、日本を旅することにした。目的地は決めない。ただ、気の向くままにハンドルを握り、行きたいところへ行く。

 最初の数日は、とにかく解放感に満ちていた。朝、道の駅で目を覚まし、その土地の名物を食べる。広いキャンピングカーの中でコーヒーを淹れ、静かな時間を楽しむ。温泉があれば立ち寄り、山があれば登ってみる。

「これだよ、これ。こういうのを求めていたんだ」誰にも邪魔されず、誰にも気を使わず、ただ一人で気ままに過ごす。ずっと閉じこもっていた部屋の窓を開け放ち、外の空気を思い切り吸い込むような感覚だった。だが、そんな自由な生活も、三週間もすると少しずつ違う感情が生まれてきた。夜、車内で酒を飲みながらぼんやりと考える。今日一日、誰とも話していない。道の駅や観光地では人とすれ違うものの、会話といえば「すみません」「ありがとう」といった短いやり取りばかり。これまでは人付き合いを避けていたはずなのに、いざ誰とも話さない日々が続くと、それはそれで妙な孤独感を覚えた。人間というのは、勝手な生き物だ。人間関係に疲れていたはずなのに、今は少しでも誰かと話したくなっている。俺は、一体何を求めているのだろう。そんなことを考えていたある日、道の駅で一人の女性と出会った。彼女の名前は、宮沢愛。

 三十代後半くらいの、すらりとした長身の女性。バイクに跨り、荷物をしっかりと積んでいる。「あの、すみません。これってどこで買いました?」そう話しかけられたのが、最初の会話だった。俺が手に持っていたのは、道の駅で売っていた地元の名産品。特に珍しいものでもないが、彼女は興味津々といった様子で覗き込んできた。

 「そこで売ってたけど…もしかして、無かったんです」そんなやり取りをしていると、彼女はバイクの荷台を指さした。

 「バイクで日本一周してるんです」それを聞いた瞬間、俺は思わず驚きの声をあげた。

 「ええっ!一人で?」

 「はい。まあ、いろいろあって」彼女は苦笑しながら言葉を濁した。俺がキャンピングカーで旅をしていると伝えると、彼女は興味深そうに車内を覗き込み、「すごいですね! こんなに広いんだ」と感嘆の声を上げた。彼女の笑顔は、どこか飾り気がなく、純粋に旅を楽しんでいるように見えた。

 「何かきっかけがあったの?」そう尋ねると、彼女は一瞬だけ視線を落とし、少しだけ口元を歪めた。

 「失恋、ですね。結婚直前だったんですけど……別の女に持っていかれました」その一言に、俺は何も言えなくなった。軽い話ではない。だが、彼女は自嘲気味に笑い、「だから、旅に出ようと思ったんです」とあっさり言った。

 「忘れる為?」

 「…うん。…そう…かな」旅をしながら、少しずつ心を整理しているのだろうか。俺は、そんな彼女の言葉を聞きながら、なぜか彼女に興味を抱いていた。人と関わるのを避けていたはずなのに──。こうして、俺と彼女の旅が交差することになった。道の駅での偶然の出会いが、こんなにも心に残るものになるとは思わなかった。

 彼女はバイクのハンドルを撫でながら、どこか遠くを見つめるような表情をしていた。その横顔が、妙に印象的だった。それから数日後、また別の観光地で偶然彼女と再会した。広い日本で、旅をしている人間同士が再び出会う確率なんて、そう高くはない。それなのに、こうして再び顔を合わせるというのは、何かの縁なのかもしれない。

 「また会いましたね」 彼女はそう言って笑った。前回よりも少し柔らかい表情だった。実はちょっと会えるかもと思って向かいそうなコースを選んでいたのは内緒だ。彼女に会えて俺もいつのまにか自然と微笑んでいた。

 そこからの展開は、驚くほどあっさりしていた。

 「お互い目的地が決まってないなら、向かう方向が同じ間だけ、一緒に行動しませんか?」彼女がそう提案してきたのだ。

 もちろん、俺はすぐに了承した。旅は一人で自由気ままにするのがいいと思っていたが、誰かと一緒にいることで生まれる楽しさもあるかもしれない。こうして、バイクとキャンピングカーというちょっと変わった組み合わせでの旅が始まった。

 とはいえ、あくまで旅のスタイルはそれぞれ。彼女はこれまでどおりバイクで移動し、俺はキャンピングカーでのんびりと旅を続ける。夜は同じ道の駅やキャンプ場で落ち合い、食事を共にする。

 「いいですね、この生活。意外と快適かも」彼女はそんなことを言いながら、自分のテントを張る。キャンピングカーの中に泊めてやろうかとも思ったが、俺からは言い出せなかった。彼女に遠慮があるのか、それとも単に慣れているのか分からないが、彼女はどんなに疲れていても必ずテントで寝る。

 俺は申し訳ない気持ちになりながらも、「一緒に寝る?」とはさすがに聞けなかった。そんな関係がしばらく続いたある夜、事件は起こった。俺がベッドに横になり、もうそろそろ寝ようかというころだった。

 バンバンバンッ!!と、突然キャンピングカーの外から激しく扉を叩く音が響いた。

 「助けて!」悲鳴にも似た声に、俺は飛び起きた。何が起こったのか分からなかったが、直感的にただ事ではないと感じた。慌てて扉を開けると、そこには愛がいた。彼女の顔は真っ青で、肩で息をしている。

 「……どうした!?」

 「誰かにつけられてて…ずっと……」彼女は震える手で後ろを指さしたが、そこには誰もいない。ただ、闇が広がっているだけだった。俺はすぐに彼女を車内に引き入れ、扉を閉めた。鍵をかける音がやけに大きく響いた。

 「大丈夫か?」俺が声をかけると、彼女は俺の腕にしがみついたまま、かすかに頷いた。外から、小さな砂利を踏むような音が聞こえる。ジャリ……ジャリ……。誰かが、キャンピングカーの周りを歩いている。愛の震えが強くなった。

 俺は彼女を抱き寄せ、静かに「大丈夫」と囁いた。音はしばらく続いたが、やがて遠ざかっていった。

 「……行った、か」そう呟いたとき、ようやく彼女の身体の強張りが少し緩んだ。

 「ありがとう……怖かった……」彼女の声は、まだかすかに震えていた。それからしばらく、彼女は俺の腕を離そうとしなかった。

 俺は彼女の背中をゆっくりさすりながら、「大丈夫だから」と何度も繰り返した。しばらくして、彼女が顔を上げた。

 「……ごめんなさい、ちょっと…」

 「ん?」彼女は顔を赤らめ、モジモジしながら視線をそらした。

 「実は……怖くて、トイレに行けなくて……」そういうことか。

 「ここ、トイレついてるから、使っていいよ」

 「……恥ずかしいから、耳塞いでてくださいね」彼女はそう言って、さらに顔を赤くした。俺は苦笑しながら、「わかった」と答えた。その後、彼女はキャンピングカーの隅にある小さなトイレへと消えていった。俺は耳を塞ぐふりをしながら、ぼんやりとさっきの出来事を思い返していた。

 俺の腕にしがみついていた彼女の温もり。震える肩をそっと抱きしめたときの心臓の鼓動。何だ、この気持ちは。これまで旅をしていて、こんな感情を抱いたことはなかった。

 愛がトイレから出てくると、俺は「もう戻るのか?」と聞いた。

 「……できれば、車の後ろにテント貼ってもいいですか?」彼女は、申し訳なさそうにそう言った。

 「もちろん。荷物一緒に撮りに行こうか」そういい、二人でテントまで歩いて向かう。荷物を回収後車に戻ると、人影が見える。さっきの男だろうか。車の周りをうろついている。それを見た瞬間、

「今日は場所を変えよう。」そう言い彼女をバイクに乗せ、近くの道の駅を指定した。

怯える彼女に「俺もすぐに追いかけるから」と言い先に出発させる。その後車に戻ると人影は消えていたが、すぐに愛と合流する為に車を出した。彼女はゆっくり走っていてくれたようで、すぐに合流し30分程走って目的地に着いた。

震える彼女。

「良かったらここで寝るか?」その言葉が自然に出ていた。

「良いんですか?」彼女の顔にはようやく安堵する表情が現れた。俺は頷き、ベッドのシーツを整え、

「俺は運転席で寝るから、ここで寝て」すると、彼女は少し困ったような顔をして、俺の袖を掴んだ。

 「……そんなの、ダメです」彼女は俺の袖をぎゅっと掴んで、かすかに俯いた。その仕草がどこか不安そうで、迷っているようにも見えた。

 「でも……」俺が何か言いかけると、彼女はゆっくりと顔を上げた。夜の静寂がキャンピングカーの中に満ちていた。彼女の表情は弱々しく、それでいて、何かを決意したような強さも感じさせた。

 「…分かった」俺は短く答え、ベッドの端に腰掛けた。愛はゆっくりとベッドに潜り込む。距離をとるように寝転がったが、肩がかすかに触れるほどの近さだった。ふわりと彼女の髪の香りが漂ってくる。昼間は元気に笑っていた彼女が、今はまるで子供のように縮こまっている。

 「……ごめんなさい。迷惑かけてばっかり」かすれた声で、彼女が呟く。

 「大丈夫だよ」俺は、ただそれだけを返した。どこか緊張した空気のまま、しばらく沈黙が続いた。ふと、彼女が小さく震えているのに気づいた。寒いのかと思い、そっと毛布をかける。

 ──そのときだった。

 「…もう、我慢しなくていいですよ」突然、彼女がそう呟いた。俺の心臓が、一瞬止まったような気がした。

 「……え?」驚いて彼女の方を見ると、彼女は俺の目をじっと見つめていた。

 「助けてくれて、ありがとう」そう言いながら、彼女はそっと身を寄せた。唇が、触れるか触れないかの距離。次の瞬間、彼女の唇が俺のものに重なった。

 ──柔らかくて、温かい。それは、短いキスだった。けれど、触れた瞬間、全身に熱が駆け巡るのを感じた。

 名前を呼ぶと、彼女はゆっくりと目を閉じた。誘っているわけじゃない。けれど、拒んでいるわけでもない。もう、止められなかった。俺はそっと彼女を抱き寄せた。細い肩を包み込むと、彼女の体が小さく震えた。俺の腕の中で、彼女の鼓動が伝わってくる。

 彼女の吐息が、俺の耳元で響いた。俺はそっと彼女の髪を撫で、再び唇を重ねた。深く、そして確かめるように。彼女の温もりを感じながら、二人はゆっくりと体を寄せ合っていった。

 朝、目が覚めると、隣には愛がいた。彼女は穏やかな表情で眠っていた。昨夜、あれほど緊張していたのが嘘のように、肩の力が抜けた顔をしている。そっと彼女の髪を撫でると、長いまつ毛がかすかに揺れた。

 「ん……」目を開けると、彼女は一瞬きょとんとした表情をしたが、すぐに柔らかく微笑んだ。

 「おはようございます」

 「あぁ、おはよう」言葉を交わしただけなのに、なぜか胸の奥が温かくなった。

 この数ヶ月、一人きりで過ごしていた俺の旅は、確かに自由だった。だが、それは孤独の裏返しでもあった。誰とも関わらず、気ままに過ごすことが、どこか寂しさを伴っていたことに、今さらながら気づいた。昨夜、彼女を抱きしめたとき、その寂しさが溶けていくのを感じた。

 「ねえ、悠斗さん」彼女は少し恥ずかしそうに、けれど真剣な目で俺を見つめた。

 「私……一人旅もうやめようと思うんです」

 「え?」思わず聞き返した。彼女はゆっくりと、言葉を選ぶように続ける。

 「バイクで旅をするのは、もう危ないしやめます」その言葉に俺は彼女の言葉を遮り、

 「じゃあ、俺と一緒に旅しよう!二人で!」

 「…良いんですか?」

  彼女は少しだけ顔を伏せ、照れたように笑った。

 「よろしくお願いします」その瞬間、俺は初めて、自分が本当に欲しかったものを理解した気がした。

 自由な旅は楽しい。だが、誰かと共にする旅は、それ以上のものを与えてくれる。俺は彼女の手を取り、

 「これからは、二人で日本中旅をしよう」彼女は目を丸くしたあと、嬉しそうに頷いた。

 「はい!」そうして、俺たちの旅は新しい形になった。

 それからすぐに、愛はバイクを処分し、俺たちは完全にキャンピングカーでの旅を共にすることになった。

 旅のスタイルは変わったが、二人でいることが当たり前になった。ご当地グルメを一緒に食べ、温泉に立ち寄り、観光地を巡る。

 彼女は動画配信を続けながら、俺はのんびりと旅を楽しんだ。

 「このままのペースだと北海道に到着するまで、あと1年くらいかかりそうですね」

 地図を見ながら、彼女が楽しそうに言う。

 「そうだな。でも、急ぐ必要はないさ」俺はそう言って、隣に座る彼女の髪を軽く撫でた。

 彼女は微笑みながら、俺の手に自分の手を重ねた。

 日本を旅することが目的だった俺の旅は、気づけば「彼女と生きる旅」へと変わっていた。

 そして俺は、それを心から楽しみに思えるようになっていた。まだまだ俺たちの旅は続いていく。

 これからどんな景色を見て、どんな時間を過ごすのか。

 それはきっと、今までのどんな旅よりも、ずっと特別なものになるだろう。俺たち二人なら、どこへでも行ける。

 そう確信しながら、俺はハンドルを握った。彼女が隣で、嬉しそうに笑っている。

 キャンピングカーは、ゆっくりと次の目的地へと走り出した。

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