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「有能な秘書」~彼女の代役

いつまでも若く純愛

「やっと思い出してくれたんですね?」彼女の声が私の心に響いた。まるで封じ込めていた記憶が一気に溢れ出すように。

私の名前は大西陽介。30歳の時に前の会社を独立し、自分で会社を立ち上げた。始めの2年間はなかなか軌道に乗らず、一人で朝から晩まで働いていたが、3年目から少しずつ軌道に乗り、現在7年目だ。従業員は50名を超え、3か月ほど前に秘書を雇い入れた。彼女の名前は田中律子さん。同い年の37歳だが、身なりに気を使っているのか20代後半と言われても違和感がない女性だ。

律子さんは某一流会社に勤めていたのだが、求人を見てうちの会社に転職してきてくれた。給料も以前の半分程度なのに、どうしてこんな小さなベンチャー企業に来てくれたのか不思議なくらいだった。彼女は私の仕事のスケジュールを完璧に把握し、私の好みや気分、体調まで分かってくれる。明日と言うだけで、手帳を見ずともスケジュールを完璧に答えるし、軽食を頼むと私の好きなものを買ってくる。少し体調が悪いと生姜紅茶が出てくるなど、少し怖いくらい完璧な女性だった。

ある日、以前お世話になったクライアントとの会食に参加することになった。嫌な予感はしていたが、この会長はお酒が入るとしつこい。案の定酔っぱらった会長に「早く結婚相手を見つけなさい」としつこく結婚を促され、挙句の果てに「この女性はどうだ」とお見合い相手の写真まで見せてきた。その写真は会長の孫娘だった。いろいろと理由を付けて断っていたが、しまいには「うちの孫の何が不満なんだ」と怒りはじめた。「申し訳ありません。お孫さんが嫌なわけではなく、今お付き合いしている人がいるんです」と咄嗟に嘘をついてしまった。「ほう、そうなのか。では今度連れてきなさい」とせがまれ、どうしようもなく「分かりました」と答えてしまった。

翌日、律子さんが「社長、どうしたんですか?」とすぐに私が悩んでいることに気づいてお茶を持ってきた。言うか言わないか悩んだが、心配そうに見つめる彼女の顔を見るとつい昨日のことを話してしまった。「私、社長の彼女役になりますよ!」と突然彼女が大きな声で宣言し、驚いた私は顔を上げると彼女は両手に力を入れてやる気満々だった。その姿を見た私は、軽く笑いながら「ハハ。ぜひお願いします」と頭を下げ彼女にお願いした。

「今日、またあの会長と会食だけど大丈夫?」と律子さんに尋ねると、「はい、大丈夫です!社長の履歴はすべて頭に入っていますから!」と臨戦態勢になっていた。その姿を見ると少し笑いが出てしまった。「笑わないでくださいよ」「ごめんごめん」「大事なことなんですから」「え?」「い、いえ。では行きましょう」と強引に引っ張られタクシーに乗り込んだ。

会長との会食は何も問題は起きなかった。完璧な律子さんを見て、もう何も言えないと思ったのかもしれない。普通に楽しく会話をする席となり、ただ、私たちはかなりお酒を飲まされていた。そんな中、会長が「どこで出会ったんだい?」と質問してきた。「実はですね、小学校の時なんです」と律子さんは答える。「ほ~う、そんな前から」私は酔いすぎていたため、正直あまり話を聞いていなかった。「小さい時によく遊んでもらっていたんです」「7歳の時に引っ越ししてから会えなくなってから、ある時偶然、若手の社長特集で陽ちゃんのことを見つけたんです。その時に会いたいと思って会いに来ちゃいました」律子さんも酔っているのかかなりの饒舌だった。それにしても良くそこまで架空の話をすらすらとできるなと私は感心していた。「ほう、それはかなりの情熱だね。再会できて良かったね」と会長もニコニコ嬉しそうだった。「陽介君、彼女を大事にするんだよ」と言い、今日の会食はこのままお開きになった。

会食の帰り道、タクシーの中で私はうたた寝してしまった。その時、ある夢を見た。「俺は将来社長になるんだ!」「うん、陽ちゃんならなれるよ!」そこにいる女の子がキラキラした目で私を応援してくれていた。そして、車に乗り込んだ女の子を見送っている。出発する車に向かって「りっちゃーん。社長になったら結婚してねー」と叫んでいた。

ハッと目が覚める。「りっちゃん」とつぶやき隣を見る。彼女の顔は潤んだ瞳で俺のことを見ていた。「やっと思い出してくれたんですね」赤い顔の律子さんは私の顔を見つめている。今やっとわかった、あの時のあの子の面影がある。「あぁ。ごめん。今思い出したよ。りっちゃんなんだね」
「私は、見た瞬間わかりましたよ」その時、私の家に到着した。思わず「上がっていくか?」と声をかけるも、「今日は飲み過ぎたのでやめときます」とあっかんべーをされた。

家に入りシャワーを浴び、ベッドに横になると彼女との記憶が鮮明に蘇ってきた。懐かしい思い出、別れの時の悲しい思い出、再会したけど私は覚えていなかった。その間彼女には辛い思いをさせてしまったかもしれない。私は、心が彼女のことで一杯になり朝までりっちゃんのことばかり考えていた。

翌朝、「おはようございます」彼女は昨日のお酒を微塵とも感じさせない笑顔で挨拶に来た。「りっちゃん」とつぶやくと、「今は仕事中ですよ!」と軽く叱られた。部屋を出ていく彼女は振り返りながら、「ひどい顔していますよ。寝てないんですか?」と柔らかな笑顔を見せ、「今日の社長のスケジュールは、17時から私と会食です」と言い、すたすたと歩いて行った。

その彼女の顔を見た時、私は決心した。今夜、彼女に正式にお付き合いを申し込む。心の中でその言葉を何度も反芻しながら、夕暮れの街を見つめた。

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