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居候の男~主人がお世話になった人は昔の彼氏だった

いつまでも若くひととき
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『夫の上司』

私の夫は、誰もが「普通」と呼ぶような人だ。

静かで、優しく、安定した日々を共に過ごしている。

私にとって、その「平凡さ」は何よりの安らぎだった。

毎朝目覚め、夫の隣にいることが当たり前になっていた。

これが永遠に続くならば、どんなに幸せだろう――そう、私はずっとそう願っていた。

だが、あの日、夫が彼を連れてくるまでは。

「ねぇ、あなた、今度気晴らしに旅行でも行かない?」

私の問いに、夫は少し考え込むように視線を天井に向けた後、微笑んで言った。

「良いね。でも、来月でも良いかな?」

「どうして?」

「実は、来週から来客があるんだ。海外から戻ってくる先輩を、うちに泊めることになったんだ。」

「え?私聞いてないわよ?」

「ごめん、言おう言おうと思って忘れてたよ」

夫の言葉を耳にした瞬間、心の奥底に重たい石が落ちたような感覚がした。

知らない他人が、我が家に。しかも二週間も一緒に過ごすなんて――私の中で不安が渦巻く。

平穏な日々が乱される予感に、胸がざわついた。

本当は嫌で仕方がないけれど、それをどう伝えればいいのか、言葉が見つからない。

夫の提案に対して不満が膨らんでいくのを感じつつも、結局何も言えなかった。

「美香、大丈夫?頼むよ。突然のことで驚いたかもしれないけど…」

夫の優しい声に、私はただ頷くことしかできなかった。

でも…夫が世話になった人だとはいえ、私にとっては全く知らない人。

二週間も我が家に他人が過ごすなんて…考えられなかった。

気まずい時間が流れるのではないかと、不安で不安で仕方がなかった。

翌週、夫がその男性を連れて帰ってきた瞬間、私の心臓は飛び跳ねるくらいびっくりした。

開かれたドアの向こうに立っていたその男性――記憶の中に眠っていた面影が、一気に蘇ったのだ。

(譲二さんだ…まさか)。

自分の鼓動が耳の奥で激しく鳴り響き、体中の血が一瞬で沸騰するかのようだった。

彼の姿が、まるで時間を遡ったかのように私の目の前に現れたのだ。

「こんばんは、はじめまして。しばらくお世話になります。」

譲二さんは低い、しかし柔らかい声で挨拶をした。彼は気付いていないのか、表情には何の変化もない。

しかし、夫が荷物を持って家に案内する際、譲二さんは一瞬こちらを見て、ウインクをした。

(昔のままだ…)

 私は懐かしさと同時に、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

二十年ぶりの再会。彼は確かに年を取ったが、昔と変わらない魅力を今でも持っていた。

その日の食事は少し豪華にし、譲二さんを歓迎した。

彼はアメリカで十年以上働いていたそうで、夫とはその前の五年間、同じ部署で上司と部下の関係だったという。

食事中、夫と譲二さんは昔の話をして、懐かしさを分かち合っていた。

私も心の中で(譲二さんに会えてよかった…まったく知らない人じゃなくて本当によかった) そんな思いが私の胸を満たしていた。

食事後、夫が入浴中、譲二さんが私に声を掛けてきた。

「美香、久しぶりだね。びっくりしたよ。元気だった?」

その声を聞いた瞬間、私は涙が溢れ出してしまった。

「譲二さん…久しぶり…本当に…」

「泣かないで、美香。あの時はごめんね。仕事が大変で、自分のことしか考えられなかったんだ。」

「ううん、もう済んだことだし、良い思い出よ。でも、あの頃のことを思い出すと、やっぱりちょっとは胸が痛むかな。」

「そうか…ごめん…」

譲二さんの目は、昔と変わらず優しさを湛えていた。

その瞳に見つめられると、胸の奥底に隠していた感情が、ゆっくりと表面に浮かび上がってくる。

懐かしさだけでなく、彼との過去が私の心を切り裂くように蘇る。

そしてその記憶は、再び私を引き寄せるように胸を締め付けた。

「美香、明日から譲二さんの買い物とかで車出してあげてくれない?」夫からそうお願いされた。

「え?良いけど何するの?」

「家具やら、電化製品とか揃えないといけないみたいだから」

「うんわかった」

冷静を装って返事をしたが、譲二さんとのデートに私は心が躍っていた。

 翌日、夫が会社に出かけた後、譲二さんと私は電気屋巡りをすることになった。

「美香、今日は本当にありがとうね。君がいてくれて助かるよ。」

「いいのよ、譲二さん。私も一緒に行きたかっただけだから。」

カフェでランチをしながら、私たちはまるで昔に戻ったかのように会話を楽しんだ。

「譲二さん、まるでデートしてるみたいね。」

「そうだな。懐かしい気持ちになるよ、美香と一緒にいると。」

その言葉に、私は胸が温かくなった。今この瞬間が永遠に続いてほしい、そう思った。

その後も、譲二さんと共に家電や日用品を揃え、彼の新居の準備を進めた。彼と一緒に過ごす時間が増えるたびに、私の心は満たされていった。

家を出る前日に、彼はこの二週間手伝ってくれたお礼にと、ちょっと高級なお寿司屋さんのランチに連れてきてくれた。楽しかった二週間も明日で終わり。最後の晩餐は想いが溢れ、うまく話せずお互い会話が無い状態での食事になってしまった。

帰り際の車の中、

「いろいろとありがとうな」

譲二さんが感謝の気持ちを心から表す。

「ううん、良いの。私がしたかっただけだから。」

「もう明日から気楽に会えなくなっちゃうね…」

「あぁ…」

お互い、想いを口に出せず無言のまま、そのまま家に到着した。

 今日は譲二さんも今までのお礼にと夫に一品を作る。二人でキッチンに立つ。

本当に彼との最後の共同作業だ。もう会えないかもしれない。本当に人生の最後かもしれない。

いろんな感情や想いに溢れ、言葉にならない感情に支配されていた。

「譲二さん…私…」そう言ったところで彼は私の口を手で抑えてきた。

「俺もこのまま奪い去ってしまいたいと思ってるよ。」

「でも…ダメだよ、一時の感情に流されちゃ。」

私はそれ以上言葉を発することが出来ず、涙が溢れてきてしまった。

その時譲二さんは私を力強く抱きしめた。初めて好きになった人、そしてもっと好きになった人、でももう会えない。私たちはお互いの気持ちを確かめるように長い間、つよくつよく抱きしめあっていた。

「…また来るよ。何かと理由を付けてね。今度は一生の友人としてね。」

「…うん。」

次の日、譲二さんは夫と一緒に出社した。今日はもうここには帰ってこない。彼がいない部屋は急に広く感じ、寂しさが押し寄せてきた。それからの私はずっと心にぽっかりと穴が開いたように過ごしていた。

それから数日後、夫から「今度会社でバーベキューがあるんだけどくる?」

と聞いてきた。

正直全くと言っていいほど気乗りはしなかったのだが、譲二さんが参加することを知り二つ返事でOKした。

それ以降譲二さんは何かと会えるような環境を作ってくれ、定期的に会うことが出来ていた。

夫婦でもない、彼氏でもない、ただの友人でもない、どう言葉で表現して良いのかわからないが、このまま譲二さんと繋がっていれることが私の幸せだった。

そしてそれがずっと続くように私は心から望んでいた。

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