「今日はうなぎなんかどう?旦那さんに精力付けてもらって」と、魚屋のオジサンが義母の美紀さんに声をかける。
「何言ってるんですか、やめてよ」と義母の美紀さんは魚屋のオジサンと楽しそうに会話していた。俺の奥さんと勘違いされたことが嬉しいのか、彼女ははにかみながら喜んでいる。
俺の名前は拓真、38歳。今日は妻の母、美紀さんと買い物に出てきている。妻とは一回り以上年が離れている為、息子の世話のこともあり最近は義母の美紀さんと一緒に過ごす時間が増えていた。妻とは2年前に出会ったが、その後彼女はすぐに妊娠してしまった。当時まだ二十歳だった。俺は責任を取って彼女と結婚したのだが、まだまだ遊びたい盛りなのか、子育てや家事にはほとんど関与しようとしない。結局それらを放棄して、家事も育児も親の美紀さんに投げっぱなしだ。
子供の買い物に行くときも、妻は付いて来ず自分の楽しみを最優先する。そのため、自然と俺は美紀さんと行動することが多くなっていた。美紀さんの年齢は俺と近い44歳だ。が、実年齢以上に彼女は若く見える。並んで歩いても、どこに出かけても、夫婦に見られてしまうことが多かった。最近は否定するのも面倒になり、二人ともそのまま受け流すようになった。ただ自分では気付いていないと思うが、間違われる度に美紀さんは嬉しそうに体を上下にぴょんぴょんと揺らし嬉しそうに飛び跳ねるように歩いている。
「ふふっ。今日も間違われちゃった」 正直その言い方が、むちゃくちゃ可愛い。
「それはお義母さんが若いからですよ」 そう言われてさらに美紀さんは嬉しそうに微笑む。
「そうは言っても、いつも娘が何もしなくてごめんなさいね」
「いえいえ、こちらこそ逆に申し訳ないくらいで」
「ううん、私は良いのよ。ね~、こうくん」 美紀さんはベビーカーに乗っている息子を抱き上げ、愛しそうに抱きしめていた。
そんなある頃、妻の行動がさらにエスカレートしていった。夜遊びは当たり前、外泊することもしばしば。自分のことしか考えていないのか、ただのネグレクトなのか。まだまだ年齢の若い彼女は、周りの友達と一緒にいることの方が大事なのだ。そんな状況に俺は耐えかねて、「いいかげんにしろよ」と妻を責めてしまった。
「なによ!私が悪いわけ?私は子供なんてまだ欲しくなかったのに」と妻は叫び、家を出て行ってしまった。そのやり取りを聞いていた美紀さんがやってきて、「ごめんなさいね、私が育てるから許してやって」と言った。
「いえいえ、お義母さんは何も悪くないです…」
そんなことがあってから、ますます二人の関係は奇妙なものになっていった。正直誰が見ても、美紀さんが俺の妻、妻が言うこと聞かない思春期の娘のような状況になっていた。美紀さんとの会話も、息子の話を中心に夫婦としか思えない会話ばかりになっていた。
そんなある日、突然妻から1枚の用紙が差し出された。離婚届だった。
「なんだよ、これ」
「離婚してくれる?」
「本気で言ってるのか?…子どもはどうするんだよ」
「…私はもう好きな人が出来たから。ちゃんと出しといてね。もう帰ってこないから」
「お母さん、あとよろしくね!」そう言って、妻は荷物をまとめて出て行ってしまった。
本当に妻は息子に愛情が無いみたいだ。
その様子を見ていた美紀さんは、「バカな娘でごめんなさい」と涙を流した。
「いえ、僕が悪いんです」
「そんなことないわ、拓真くんは一生懸命、仕事も子育ても頑張ってるわ」
「お義母さん」 沈黙の後、美紀さんが口を開いた。
「…私がこの子を育てちゃダメかな。」
俺は何も答えられず黙っていた。
「拓真くん……私が奥さんになっちゃだめかな?」
「え!?」
彼女は決意した潤んだ目で、俺を見つめていた。
その目を見た時、この半年間、息子の世話を二人で行い、二人で一緒に出掛け、二人でずっと一緒にいた。
正直、何度も何度も「ああ、この人が妻だったら」と思ったことがあった。3人でいるときの心地よさは、本当の家族のように感じていることを思い出した。
「お義母さん、いや、美紀さん!」
「僕はずっと、美紀さんが妻だったらって思っていました!」
「でも、そんなこと言える状況じゃなかったし…ああああ」
「おかしな関係になっちゃうんですけど、僕の妻になってくれますか?」
俺は 自分で何を言ってるのかわからないくらい頭がぐちゃぐちゃだった。
「はい。ふふっ。」
「笑わないでくださいよ」
「ううん、嬉しい。不謹慎かもだけど私もそう思ってたよ。こんなおばさんだけど…よろしくね」
「いえ、美紀さんは美しいです」 そう言って、息子を抱いた美紀さんを引き寄せ、二人を抱きしめた。
結局、子供のこと、妻のことを考え、まずはきちんと離婚し、親権を俺自身にした。そして折を見て、美紀さんと再婚することになった。こんな奇妙な関係になってしまったが、息子のお母さんは美紀さんだ。いつか真実を知ることがあるかもしれない。でも、この人以上に愛情を注いでくれる人はいない。