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妻の代役~支えてくれたのは会社の後輩

いつまでも若く純愛

幸せなんて一瞬で終わる。そのことを彼はまだ知る由もなかった。ごく普通の会社員の高倉は、妻の美咲と6年前に結婚し幸せな生活を送っていた。温かな食卓、笑い声、寄り添いながら見る映画。そんな何気ない毎日が、永遠に続くと思っていた。

「今日もお疲れさま」と微笑む美咲の笑顔が、彼にとって何よりの癒しだった。互いに支え合い、愛し合っていた。二人で過ごす日々は、彼の人生にとってかけがえのない宝物だった。しかし、その幸せは突然の悲劇によって打ち砕かれた。美咲が通勤途中に事故に遭い、帰らぬ人となったのだ。
「…美咲が…死んだ?」
会社からの連絡に、高倉は言葉を失った。まるで頭を金槌で殴られたような衝撃が彼を襲った。信じられない。そんな現実があるはずがない。涙も出ず、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。時間が止まったような感覚に陥り、上司が何かを言っていても耳に届かない。
葬儀の間も、どこか他人事のような感覚で、美咲がもうこの世にいないという事実が、まるで夢の中の出来事のように思えた。棚に飾られた美咲の写真が、「また明日ね」と微笑みかけているようで、高倉は胸が締め付けられる思いだった。
「美咲…、どうして…?」
現実は無慈悲だった。美咲は帰らない。二人の温かな日々は、もう二度と戻ってこなかった。それからの高倉の生活は、荒れに荒れた。家はゴミであふれ、仕事にも身が入らなくなった。生きる意味を見失い、ただ日々をなんとなく過ごすだけの無気力な状態だった。かつてはしっかり者で、美咲と共に充実した日々を送っていた自分は、今ではまるで抜け殻のようだった。会社でも同僚たちは、変わり果てた姿を見てそっとしておいてくれた。だが、そんな彼に対して今までと変わらず声を掛けてくれる後輩がいた。
「先輩、大丈夫ですか?」
沙希は新入社員の時に高倉が教育担当をした女性だった。明るく朗らかな性格で、入社して高倉にもすぐに懐いて、時には職場で冗談を飛ばし合う間柄だった。だが、あの悲劇以降、高倉はまるで別人のように暗く、無愛想になり、沙希に対しても冷たく当たるようになっていた。
「先輩、何かあったら、いつでも言ってくださいね」
毎日のように心配そうに声をかけてくる沙希に、高倉は最初、鬱陶しいとさえ思った。誰もが彼を腫れ物扱いして距離を取る中、沙希だけは以前よりもさらに親身になって話しかけてきたからだ。
「放っておいてくれ…」
素っ気なく言い放っても沙希は諦めなかった。高倉が仕事でミスをすれば、裏でフォローし、彼が関わる人間関係にも気を配った。そんな彼女の気遣いに、周囲の同僚たちも感謝しながら、心の中で高倉に対する苛立ちを募らせていた。
「沙希ちゃんがあれだけ頑張ってるのに…」
「もう少しちゃんとしてくれないかな…」
陰口のような囁きが耳に届いた。だが、そんな言葉さえも、今の彼には何の意味も持たなかった。

ある日、高倉はついに体調を崩し、仕事を休むことになった。何日もまともに食事をとらず、ろくに睡眠もとらず、ただ美咲の写真を見つめては無為に過ごす日々。仕事を休んで一週間が経ったある日、心配した沙希が彼の家を訪れた。
「先輩、家に入りますね…」
彼女が玄関を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、足の踏み場もないほどのゴミの山だった。食べかけの弁当、散乱した衣類、床には無数の空き缶が転がっている。美咲がいなくなってからの高倉の荒れ果てた生活が、そのまま物語られていた。
「なんでこんなことに…」
眠っている高倉の顔を見て、沙希はため息をついた。頬は痩せこけ、髭は伸び放題、肌はくすみ、かつての精悍な姿は見る影もない。彼はこのまま、どうやって生きていくつもりなのだろう。このまま放っておいたら、いつか本当に取り返しのつかないことになってしまう。そう思った沙希は、一念発起して、まずは片付けを始めることにした。
彼女は黙々とゴミを分別し、部屋を片付けた。綺麗になったリビングで、美咲の写真に向かって心の中で呟いた。
「先輩を貸してくれますか?。先輩がダメになっちゃいそうだから」
その言葉は、高倉に対してというよりも、美咲に対する約束のようだった。
高倉が目を覚ますと、部屋の様子が一変していた。ゴミは片付けられ、散乱していた荷物も整理整頓されている。どこか懐かしい香りが漂い、部屋は美咲がいた頃と同じように綺麗になっていた。しかし、それに気づいた瞬間、胸に込み上げる怒りを抑えきれなかった。
「なんで勝手に片付けたんだ!」
自分の中で妻との思い出を勝手に触られたような気がして、抑えられなかった。彼はベッドから起き上がり、リビングに向かい、その場にいた沙希に怒鳴りつけた。
「俺のことなんか放っておいてくれって言っただろ! なんで!…」
沙希は驚いた顔で高倉を見つめた。彼のためにしたことが、まるで彼の傷を抉る行為になってしまったことに気づき、何も言えずにその場に立ち尽くした。
「もう帰ってくれ…」
その言葉を聞いた沙希は、泣きそうな顔を隠しながら、黙って部屋を出て行った。彼女がドアを閉めた瞬間、部屋はまた静寂に包まれた。その後、仕事復帰した後も二人の関係はぎくしゃくしたまま、ほとんど会話を交わすこともなくなった。顔を合わせても、何となく気まずい空気が漂い、周囲の同僚たちも二人の間に何かあったことを感じ取っていた。
そんな中、ある日、同僚の岩田に飲みに誘われた高倉は、居酒屋でビールを煽りながら、ついに休んでいた日の出来事を打ち明けた。すると岩田は、苦い顔をしてこう言った。
「お前、それでいいと思ってるのか? 沙希ちゃんがどれだけお前をフォローしてるか、知ってんのか?」
驚いた高倉は、岩田の言葉に思わず耳を傾けた。
「沙希ちゃんはお前のことが好きなんだよ。そんなことも知らずに、自分のことばかり考えて、沙希ちゃんを傷つけてばっかりじゃないか」
思わぬ言葉に、高倉は愕然とした。沙希が自分を気にかけていたことは知っていたが、それがそんな形で彼女の気持ちを踏みにじることになっていたとは、思いもしなかったのだ。
「お前のことを、ずっと支えようとしてたんだ。それなのに、お前は…」
岩田の言葉は続いていたが、高倉の頭の中では、沙希の顔ばかりが浮かんでいた。彼女の明るい笑顔、いつも気にかけてくれる優しさ、そして、自分のために見せてくれた涙。それら全てが胸に迫り、苦しさで息ができなくなるほどだった。

「…すまん。ありがとう」
その言葉を残して、店を飛び出した高倉は、駆け出すように自宅へと戻った。家に着くと、改めて部屋の中を見渡す。綺麗に片付けられたリビング、整えられた家具の配置、美咲が好きだった花の絵が壁に掛けられている。
まるで、妻がいるかのような温かい空間が、そこには広がっていた。高倉は、ふとソファに座り、涙が溢れるのを抑えきれなかった。
「美咲…、ごめん…俺はどうしたらいいんだ…」
美咲の写真を見つめ、思わず声をあげて泣き出す。その時、「早く行きなさい」と妻の声が聞こえた気がした。心の中に空いた穴に、沙希の優しさがそっと触れるような気がした。彼女は、俺のことを気にかけて、ここまでしてくれた。美咲がいなくなった穴を、少しでも埋めようとしてくれたんだ。
いてもたってもいられなくなった高倉は、沙希のマンションに向かった。電話をかけると、驚いた声で、
「先輩? どうしたんですか?」
「下にいる。今から会えないか?」
その言葉に、しばらくの沈黙が流れた後、沙希は震える声で答えた。
「はい…すぐ、行きます」
しばらくして、エントランスから出てきた沙希の顔は、驚きと不安でいっぱいだった。彼女は、高倉の前で小さく身を縮め、言葉を探しているようだった。
「ごめん。本当にごめん。そして、ありがとう」
突然の謝罪に、沙希は目を見開いた。
「良いんですよ。先輩の奥さんには勝てませんから。自分のわがままですし…」
そう言って肩を落とす沙希を見て、高倉は胸が締め付けられるような気持ちになった。
「確かに美咲のことは忘れられない。でも、この数週間、妻よりもお前のことを考えていたんだ」
沙希は、目を見張って高倉を見つめた。その頬が赤く染まり、唇がわずかに震えている。
「私、美咲さんの”美”が無い人ですよ?奥さんみたいにキレイじゃないし、ガサツだし、料理も下手ですけど、それでも良い…」
最後まで言葉が続かない彼女に、高倉は思わず腕を伸ばし、その細い体をぎゅっと抱きしめた。
「お前が好きだ、沙希。今の俺を支えてくれたのは、お前なんだ。」
高倉の言葉に、沙希の体が小刻みに震える。彼女は、高倉の胸に顔を埋め、堪えきれない涙を流し始めた。
「私も、先輩が好きです…ずっと、好きでした…」
彼女の声は涙でかすれていたが、その言葉ははっきりと高倉の耳に届いた。彼は、彼女の髪をそっと撫でながら、深い安堵の息をついた。二人は、そのまましばらくの間、言葉もなくお互いの温もりを感じ合った。
「沙希、これからは俺が支えるから。これから、俺のそばにいてくれ」
沙希は高倉の言葉に、小さく頷いた。
「はい…私も、先輩のそばにいたいです…」
その笑顔は、どこか美咲と重なるような温かさを帯びていて、高倉は改めて彼女を大切に思う気持ちが溢れてくるのを感じた。
それから二人は、新しい関係を築いていった。高倉は美咲を忘れることはできないが、沙希と共に生きることで、彼女の存在を心に抱き続けることができると感じたのだ。二人は、どんなに困難な時でも、手を取り合い、前を向いて生きていくことを誓った。
高倉は、改めて美咲の写真に向かって呟いた。
「ありがとう、美咲。お前のおかげで、俺はまた生きることができるよ。これからも見守っていてくれ」
写真の中の美咲は、どこか満足そうに微笑んでいるように見えた。高倉は、ようやく新しい一歩を踏み出したのだった。

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