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美人上司

いつまでも若く純愛

「ご、ごめんなさい! 私、こんなに散らかして…仕事では偉そうにしてるくせに、家事は全然ダメで…」

裕子の声は震えていた。普段の強気な彼女からは考えられないほど、どこか不安げで、弱々しかった。その姿に、清志は思わず微笑み、軽く肩をすくめて応じた。「意外ですけど、そういうところも人間らしくていいんじゃないですか?」

自分が尊敬してきた完璧主義の上司が、こんなにも無防備で乱雑な一面を持っている。そんなギャップに、清志はかすかな安堵を感じていた。仕事に対して厳しく、いつも冷徹なまでに完璧を求める裕子の裏側に、こうした弱さや不完全さがあるのだと知り、少し嬉しくさえ思った。

それは、ある夜の出来事だった。取引先との接待の帰り、いつも鉄壁のように振る舞う裕子が、酒に酔いつぶれてしまったのだ。清志は驚きつつも、普段の厳しさからは想像もつかない姿を前に、思わず頼まれるまま彼女を家まで送ることになった。

タクシーで眠る裕子の姿に、清志は自分の胸が妙に高鳴るのを感じた。強く、完璧で、尊敬すらしていた上司の意外な一面。彼女が弱く、人間らしく感じられた瞬間だった。

裕子の家に到着すると、その感覚は一層強くなった。部屋は驚くほど散らかっていて、まるで仕事で見せる完璧な姿とは正反対だった。食器が山積みになったキッチン、床に散らばった洋服や紙類。清志は一瞬驚き、立ち尽くしたが、意識を取り戻してソファに彼女を寝かせると、そのまま無言で片付けを始めた。

不思議な気持ちだった。尊敬する上司である裕子が、こんなにだらしない一面を持っているとは。けれど、そのギャップが彼女をますます人間らしく、親しみやすい存在に思えた。完璧な仕事人間だと思っていた彼女が、実は自分と同じように弱さや不完全さを抱えている。その発見が、清志をどこかほっとさせたのだ。

それ以来、清志の中で裕子に対する感情が少しずつ変わり始めた。今まで、ただ厳しく冷たい上司だとしか思っていなかった彼女が、突然身近な存在に感じられるようになったのだ。

それから、二人の間には微妙な変化が生じ始めた。以前は業務上の必要なやり取りしかなかった二人だったが、少しずつ、プライベートな話をする機会が増えた。出社前のちょっとした挨拶や、昼食の際の何気ない会話が、ふとした瞬間に心地よく感じられるようになった。

しかし、そんな二人の空気に変化が見え始めた矢先、清志に突然の異動命令が下る。表向きには通常の人事異動とされていたが、清志は自分が過去に犯したミスが影響していることを理解していた。清志自身はその決定を特に抵抗もなく受け入れたが、裕子はそれを許せなかった。

「いいの? 今回のことは清志くんだけのせいじゃないわよね。どうして、そんなに簡単に受け入れるの?」裕子の声には、普段の冷静さとは違う、どこか焦燥感が混じっていた。彼女はこれまでにない真剣な表情で、清志に詰め寄ってきた。

清志は一瞬、彼女がなぜこんなに感情的になるのか理解できなかったが、彼女の言葉には自分を思ってくれる気持ちが込められていることに気づいた。けれど、どうしてもその感情にうまく応えられず、ただ静かに彼女を見つめるしかできなかった。

「今さら何かを主張する気力もなかったんです。会社での立場なんて、どうでもいいと思っていたんです。ただ、もう傷つきたくなかっただけで…」

そう言うと彼女はそれ以上何も言わなかった。その後、清志は異動し、二人は距離を置くこととなった。

半年が過ぎた頃、裕子もまた清志がいる支店に異動してきた。彼女が異動してくると聞いたとき、清志は驚きを隠せなかったが、久しぶりに再会した二人はぎこちなさを残しつつも、自然とまた飲みに行くことになった。

再会後の飲みの席で、清志はふと過去の話をし始めた。「実は、昔は仕事ばかりしてたんです。それで、結局、妻に逃げられました。あの時、自分の優先順位を間違えていたんだと思います。それ以来、仕事もプライベートもバランスを取るようにしてるんですけど、まだうまくいかなくて…」

苦笑しながら語る清志の言葉には、過去の苦しみがにじんでいた。そんな彼の言葉を聞いて、裕子はじっと彼の目を見つめていた。そして、静かに呟いた。

「清志くんがいなくなってから、私も仕事に集中できなくなったの。清志くんがいなくなって、なんだか大切なものが欠けたみたいで…」

裕子の言葉は静かで、それでいて力強く響いた。清志はその言葉に驚きつつも、自分の中に芽生えた新しい感情を感じていた。

その後、二人の関係は少しずつ進展していったが、ある日、清志は思わぬ事実を知ることになる。支店に異動してきた理由について支店長が裕子に語っていたことを耳にしたのだ。

「平田君、自分で異動願を出したんだって?そのままだったら出世で来たんじゃないのか?」

「そうかもしれませんね。でもこれで良いんです。出世よりも大事なことがあるって気付いたんで。」

その言葉を聞いた瞬間、清志は息を呑んだ。彼女が自ら出世の道を捨てて、自分のいる支店に異動してきたという事実。それが彼女の選択だったということを知り、清志の胸はかすかな痛みと喜びに包まれた。

その夜、清志は意を決して、裕子に告白することを決めた。

「裕子さん、あの…僕、ずっと言いたかったことがあるんです。過去に失敗したからこそ、プライベートも大切にしたいと思ってるんです。そして、そのプライベートを裕子さんと一緒に充実させていけたら…そう思っています。僕と付き合ってくれませんか?」
清志の真剣な言葉に、裕子は一瞬驚いたような表情を見せたが、やがて柔らかな笑顔を浮かべた。「ありがとう。…私も、清志くんと一緒に過ごす時間、大切にしたいと思ってる。だから、ぜひお願いします」

こうして、二人は再び新たな一歩を踏み出すこととなった。仕事の厳しさに支えられながらも、互いに支え合い、未来への道を共に歩んでいくことを決意したのだった。

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