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派遣の人妻

いつまでも若く背徳
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俺の名前は牧田徹。三十八歳。

大学を出てから十数年、WEB制作の仕事を続けてきて、二年前に独立した。最初はフリーランスとして細々とやっていたが、ありがたいことにクライアントに恵まれて、昨年法人化したばかりだ。やっと社会的な信用を得たというか、自分自身も「一人の男として、ちゃんとしたい」と思い始めたのがその頃だった。

とはいえ、社長とは名ばかりで、社員もまだいない。俺ひとりでなんでもこなす日々が続いていた。けれど今年に入って、ある大手クライアントからの大きな案件を受けたのをきっかけに、さすがに一人では回せないと判断して、短期で派遣スタッフを雇うことにした。

最初に来てくれたのは、五人の派遣スタッフたちだった。男女混合で、年齢もバラバラ。でも俺と同じようにフリーランスで働いている人がほとんどだった。皆真面目でよく働いてくれて、プロジェクトは想像以上に順調に進んだ。その中に——いや、正直に言えば、最初から目を引いた女性がひとりいた。

彼女の名前は松下かおりさん。三十六歳。年齢は俺より二つ下で、既婚者と聞いていた。派遣会社から送られてきたプロフィールには、「前職:メーカー事務」「趣味:映画鑑賞」とだけ書かれていて、何の変哲もない、どこにでもいる人のように見えた。

でも、実際に接してみると、彼女の所作や表情にはどこか品があって、落ち着きがあった。ただ物静かなだけじゃない、芯の強さというか、独特の存在感があった。ちょっとした会話でも、俺の冗談にふっと笑ってくれるその笑顔が、妙に心に残った。

俺は仕事柄、誰に対してもフラットでいようと心がけている。特に異性に対しては誤解を与えないよう、必要以上に距離を詰めないようにしてきた。だから、かおりさんに対しても、あくまで業務の枠内で、丁寧に接するようにしていたつもりだった。

でも、どこかで彼女のことを目で追ってしまっていたのも事実だった。

昼休みにふと彼女が電話をしている様子を見かけたとき、その声がどこか寂しそうで、俺は自分でも理由が分からず胸がちくりとした。彼女が笑うたびに、ああ、もっとこういう顔を見たいな、なんて思ってしまうこともあった。

もちろん、それを態度に出すようなことはしなかった。俺にとっては初の大型案件だし、スタッフに変な気を持たれてはいけない。何より、彼女は人妻だ。

プロジェクトが始まって二ヶ月。忙しくも充実した毎日で、気づけば春が過ぎ、初夏の風が窓の隙間からふっと入ってくるようになっていた。そして、半年間のプロジェクトは、予定通りのスケジュールで完了した。

大きな達成感があった。やりきったという満足感。けれど、反面、胸のどこかにぽっかりと穴が空いたような寂しさも残った。

「これで、もう終わりか……」その寂しさの理由は、自分でも分かっていた。

プロジェクトの終わりとともに、派遣スタッフたちも順次契約終了となるはずだった。だが、調整の関係で、かおりさんだけはもうしばらく手伝ってもらえることになった。

俺は内心ほっとしていた。理由を問われれば、「引き継ぎがあるから」とか「作業の安定感があるから」とか、いくらでも答えは用意できる。けれど、本音はそれじゃない。ただ、もう少し、彼女と同じ空間にいたかった。

そんなある日の夕方だった。

「牧田さん、今週末って、少しお時間ありますか?」かおりさんが、パソコンの画面からふと顔を上げて俺に声をかけた。

「あの、他のスタッフさんとも話してたんですけど……プロジェクトも無事終わったし、ちょっと打ち上げでもしませんかって」

その瞬間、何かが胸の奥で弾けたような気がした。たった一言。けれど、その声の柔らかさに、俺は妙に救われた気がしていた。

「……いいですね。ぜひ行きましょう」気づけば、俺はすぐに返事をしていた。自分でも、少し笑ってしまうくらいに、前のめりになっていた。

ただ、このときの俺はまだ知らなかった。この打ち上げの夜が、俺たちの運命を大きく変えるきっかけになるなんて——

打ち上げ当日、待ち合わせの居酒屋は、雑居ビルの三階にある落ち着いた雰囲気の店だった。

掘りごたつ式の座敷に、俺を含めて6人が集まった。

テーブルには、焼き鳥や刺身の盛り合わせ、天ぷらに唐揚げと、定番ながらも嬉しい料理が並び、それに合わせて皆それぞれ好きな飲み物を注文した。乾杯の音頭を取ったのは、年上の男性スタッフ。プロジェクト成功を称える言葉に、皆のグラスが軽くぶつかる音が響いた。

最初はにぎやかだった。普段はあまり話すことのなかったスタッフ同士が、思いのほか打ち解けていて、笑い声が絶えなかった。俺も、いつもより少しくだけた口調で会話に混じり、楽しい時間を過ごしていた。けれど、ふとした瞬間、視界の隅に映ったかおりさんの横顔が、なぜか妙に静かに見えた。笑ってはいた。でも、ほんのわずかに、その目の奥が潤んでいるように見えた。

一瞬、見間違いかと思った。けれど、その後もふと伏せた視線や、口元に触れる指先に、どこか不安げな揺らぎがあった。

(……泣いてる?)気づいたときには、俺の心にざわめきが走っていた。

けれど、皆の前で声をかけることはできなかった。理由を聞ける空気ではなかったし、かおりさん自身も、それを見せまいとしているように見えた。

会はそのまま和やかに進んでいき、気づけばラストオーダーの時間になっていた。時計を見れば、もうすぐ二十二時を回るところだった。

「じゃあ、そろそろ解散ですかね」誰かがそう言い出し、全体が動き出す。最後に俺が「また何かあったら集まりましょう」と声を掛け、会計を済ませてからみんなを見送っていた。

「あ、松下さん——」声をかけた瞬間、彼女は少し驚いたように振り返った。

「……よかったら、このあと、少しだけ飲み直しませんか?」俺がそう言うと、彼女はほんのわずかに目を伏せた後、頷いた。

「……はい」外は初夏の夜風が心地よく、喧騒を少し離れた場所にある小さなバーに、二人で歩いて向かった。

並んで歩く距離が、やけに近く感じた。

「さっき……涙、浮かべてたよね」店に入って、静かにグラスを傾けながら、俺はそっと聞いた。酔った勢いではない、真面目な声で。かおりさんは少し黙ってから、静かに口を開いた。

「……先日、離婚したんです」その言葉は、思った以上に重くて、俺はグラスを持つ手が止まってしまった。

「理由は、まあ、ありがちな話です。子供ができなくて……何年も。それで段々隙間が出来たというか…」かおりさんの声は淡々としていた。でも、その奥には、積み重なった年月と諦めきれなかった気持ちがにじんでいた。

「夫も家族から色々言われいたんだと思います。どこかで、私もおかしくなってたのかもしれません」そう言いながら、彼女はグラスの縁をなぞった。

「でも、今日……ふと思い出しちゃって。徹さんはなんだかあの人に、口調とか、動きとか、少し似てるところがあって」

「そうなんだ」それ以上、俺は何も言えなかった。

「でもね……徹さんは、あの人と違って、ちゃんと笑うんです」その一言が、どこか心にしみた。

店を出たあと、自然な流れで、俺たちはタクシーを拾い、同じ方向という理由で乗り合わせた。降り際、「また会えますか?」と、かおりさんが少しだけ微笑んで言った。

俺はすぐに答えた。

「もちろん。また連絡するよ」彼女も、少し安心したように頷いた。

その夜、別れ際に手を振るかおりさんの後ろ姿が、やけに愛おしく思えた。

恋なんて、もうしばらく縁のないものだと思っていたのに、あの夜から、心のどこかがざわつき始めていた。

次に会う約束は、自然な流れで決まった。

かおりさんからのLINEには、少しだけ照れた顔文字が添えられていて、画面を見た瞬間、不思議と胸があたたかくなった。

約束の日の午後、俺は仕事もそこそこに切り上げて、鏡の前でネクタイを締め直した。

少しでも清潔感のある服装をと思ったが、あまりに気合いが入りすぎるのも不自然だと、いつもより少しカジュアルなジャケットに袖を通した。

駅の改札で待っていたかおりさんは、薄いピンクのブラウスに、柔らかなベージュのスカートを合わせていた。

派手ではない。でも、肌に馴染むその色合いが、彼女の落ち着いた雰囲気と妙に合っていた。

「こんばんは」たったそれだけの言葉なのに、お互いどこか照れくさくて、自然と目をそらして笑った。

食事は、以前から気になっていた静かな小料理屋を選んだ。

カウンターの隅、ほのかに明かりの落とされた席で、季節の野菜の天ぷらや、やわらかな鶏の炊き合わせをつつきながら、俺たちはぽつぽつと言葉を交わした。

仕事の話。学生時代の話。好きな音楽や映画。日常の、なんてことのない話題の中に、ときおりふっと沈黙が生まれる。

でも、その沈黙が心地よかった。酒は、いつもより少し多めに入っていたと思う。

かおりさんの頬がほんのり赤く染まり、グラスを持つ指先が少しだけ震えていた。

「……もう少しだけ」彼女がそう言ったとき、俺は静かに頷いた。夜の街を、ふたりで歩いた。

肩と肩がかすかに触れるか触れないかの距離。

時折、歩道の端に寄ったとき、手の甲がほんの一瞬だけ触れ合う。

そのたびに、体の奥がじんと熱くなった。

しばらく歩く。このまま歩けばホテル街だ。でもお互い無言のまま。

ただ、呼吸の音と、かすかに響く足音だけが夜に溶けていく。

彼女も、何も言わなかった。拒む様子も、歩みを遅らせる素振りもなく、ただ黙ってついてきた。

ひとつ、またひとつと、ネオンサインの灯りが増えていく中、俺たちは、ある一軒のホテルの前で立ち止まった。

俺は彼女の許可も取らずにそのままホテルへと足を向けた。お互い何も話さない。部屋に入っても、しばらくはどちらも何も言わなかった。室内は、少し暗めの照明に、淡く香るシーツの匂いと、低く流れるBGM。

かおりさんはバッグを椅子に置き、窓際に立った。

カーテンの隙間から街の灯りがこぼれ、それが彼女の髪をゆっくりと照らしていた。

「……離婚したばっかりなのに、自分でも不思議です」そう呟いた声が、妙に切なかった。

俺は、彼女の背後から、そっと近づいた。何も言わずに、ただ、肩に手を置いた。

かおりさんの体が、ふっと震えていた。

「……徹さん」その声には、震えと、願いと、迷いがすべて混ざっていた。

「……やめてほしかったら、すぐに言って」俺がそう言うと、彼女は振り返って、まっすぐに俺を見た。そして彼女の唇が、俺の唇に触れた。それは、どこか必死なキスだった。

誰かを求めている、というより、誰かに「愛されたい」と願うキス。

俺たちは、ゆっくりと、でも確実に、互いの服を脱がせ合った。

指先が肌に触れるたび、ふたりの呼吸が熱を帯び、重なった肌から体温が染みこんでいく。

ベッドに横たわるかおりさんの髪が、白いシーツに広がって、まるで水に浮かぶ花のようだった。触れれば触れるほど、彼女の中に積もっていた孤独が、少しずつ剥がれていくようだった。涙のような吐息が、俺の耳元で何度も揺れていた。

深く、深く、俺たちは溶け合っていった。その夜、俺たちは朝まで何度も、何度も、名前を呼び合って求めあった。まるで、すべてを忘れたかったかのように。

朝方、かおりさんがシーツをかぶったまま、静かに言った。

「……すごく久しぶりに…良かったです…」俺は黙って、彼女の髪を撫でた。胸の奥に、今までにない感情が、じわりと広がっていくのを感じながら。それが幸福なのか、不安なのか、俺にはまだ分からなかった。

ただ、もうこの人を、放っておきたくはない。そう、心から思っていた。

それからしばらく、俺たちは定期的に会っていた。

週に一度か二度、食事をして、肌を重ねる。ただ抱き合って眠る夜もあった。なにもせず、黙って背中を撫でるだけの夜も。

かおりさんは多くを語らなかったが、少しずつ、安心したような顔を見せるようになっていた。

笑った顔が、やわらかくなった。髪を結ぶ仕草、食べ物の好み、寝るときのクセ。どれもが新鮮で、でもどこか懐かしくて、俺は気づかないうちに、どんどん彼女に惹かれていた。このまま、ゆっくりとでもいい。少しずつ、関係が深まっていけばいい。

そう思っていた矢先だった。

ある日を境に、連絡がぱたりと途絶えた。LINEは既読にならず、電話にも出ない。

「何かあったのか」と思ったが、無理には連絡しなかった。でも、二日、三日……それが一週間を過ぎたころ、胸の中に不安が広がり始めた。

そして、十日目の夜。やっと届いたメッセージは、たった一行だった。

「……会って、お話ししたいです」心臓が強く打った。すぐに返信して、駅近くのカフェで落ち合うことにした。

久しぶりに見たかおりさんは、少しだけ痩せたように見えた。化粧も薄く、どこか不安げで、それでもどこか決意を含んだ表情だった。席に着いて、挨拶もそこそこに、彼女は静かに切り出した。

「……妊娠してました」頭の中が真っ白になった。

「……え?」言葉が出なかった。何を、どう受け止めればいいのか。俺の子なのか?そう聞くのも怖かった。

すると、かおりさんは唇を噛み、うつむいたまま言った。

「離婚する前日……最後に……そういう関係がありました。向こうから誘われて、断れなくて」その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に何かが刺さるような痛みが走った。

「だから……もしかすると、彼の子かもしれない。でも、はっきりとはわからないんです」かおりさんの指先が、小刻みに震えていた。俺は、その手をそっと取って、握った。

「…彼には言ったの?」

「連絡してません。…でも、責任は私にあるので、ひとりで育てるつもりでした。でも、どうしても……どうしても、徹さんに言わないといけないと思って」彼女の目に、涙が浮かんでいた。俺はしばらく何も言えず、ただその手を握りしめていた。

そのうち、自分の心の底から、自然に言葉が出ていた。

「どっちの子でもいい。……俺が育てるよ」かおりさんの目が、大きく見開かれた。

「え……?」

「そんなの、どっちの子でも良いよ。…俺は、あの夜からずっと、君と生きたいと思ってた。たとえ血が繋がってなくたって、君の子供なら…俺の子供だよ」その瞬間、彼女の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。しゃくりあげるように泣く姿を、俺はただ黙って抱きしめた。背中が、小刻みに震えていた。

それからの日々は、怒涛だった。出産に向けた準備、両親への報告、生活の見直し。

まるで風の中を走るような日々の中で、それでも俺たちは、少しずつ「家族」になっていった。

かおりさんは、妊娠中も仕事を少しずつ続けながら、穏やかに過ごしていた。

俺は彼女の横顔を見つめるたびに、「この決断は間違っていなかった」と思っていた。

そして、生まれてきたのは、男の子だった。

ほんのり赤い顔、ふにゃっとした口、握りしめた小さな手。初めて腕に抱いたとき、心の奥に、不思議な感覚が広がった。

小さな目が、すっと俺を見上げた。その目の形、眉の流れ、鼻の輪郭。一瞬でわかった。

「……俺に、似てるな」かおりさんが笑った。

「うん、そっくり」泣きながら笑う彼女の頬に、そっとキスを落とした。

血液検査は、していない。これからもしないと思う。

それが誰の子であっても、この腕の中にいるこの命が、俺と彼女の愛の結晶であることに、何ひとつ疑いはなかった。俺は、父になった。そして、ひとりの女を、本気で愛した男になった。

それが、俺の選んだ人生だ。どんな過去があっても、これからは俺たちの時間が始まる。

静かな、でも確かな未来が、今ここにあるのだと思う。

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