麗子の視線は遥か彼方、荒れ狂う海原へと注がれていた。
台風が去った一時的な静けさは、新たに接近する低気圧の前に急速に消え去りつつあった。
晴れ渡る空が一瞬にして暗雲に覆われ、風が木々を激しく揺さぶり始め、海は再び荒れ狂い、波は岸壁を乱暴に打ち付けていた。
たけしを含む漁師たちは、豊かな漁場を目指して海へ出たが、予期せぬ新たな嵐が彼らの前に立ちはだかった。
この突然の気象の悪化は、麗子にとってあまりにも残酷な現実だった。
恐怖が彼女の心を凍り付かせた。
愛する夫が命を落とすかもしれないという思いが、彼女の心を完全に支配した。たけしは彼女にとっての人生そのもの。
彼がいなければ、彼女の世界には何も残らない。
その深い絶望が麗子の心を抉った。夜更けに灯台の光が遠く海を照らす中、たけしの船の姿はどこにも見えなかった。
麗子の心は恐怖と不安に揺れ動き、時折希望の光が微かに見えるものの、それはすぐに新たな波によって遮られた。
彼女はたけしの死を覚悟するべきか、それとも彼の無事を信じ続けるべきか、心の中で激しく葛藤していた。
捜索隊が組織されたものの、二重の災難の危険があるため、救助活動には出動できなかった。
麗子は岸辺に立ち尽くし、冷たい波が足元を打ち寄せるのを感じながら、黙々と祈り続けた。
風が彼女の顔を引き裂くように感じられたが、その痛みさえも彼女は感じなかった。
彼女のすべての感覚は、たけしの安全へと向けられていた。
しかし、心配と不安が渦巻く中、漁船は大きな損傷を受けながらも港へと戻ってきた。
麗子の一時的な安堵感が、重苦しい空気を一掃した。
しかし、その安堵は束の間のものだった。船にたけしの姿はなかった。
乗組員によれば、たけしは最初から船に乗っていなかった。
漁師たちは、たけしの不在を曖昧に説明し、彼が時折仕事をサボっていたことを明かした。これは、彼が仕事を休んだことがないという麗子の認識とは明らかに矛盾していた。この瞬間、麗子は全てを理解した。たけしは、漁に出ると偽り、実は他の女性と会っていたのだ。
深い絶望と裏切りに包まれ、麗子はその場に立ち尽くした。
彼女の夫が、漁に出ると言って実際には浮気をしていたという事実は、彼女の心を冷たく凍らせた。
彼女は一晩中、たけしの安全を祈り、不安と恐怖に苛まれた。
しかし、そのすべてが彼の自己中心的な欲望のために無駄だったと悟った瞬間、彼女の心は深い傷を負った。
たけしは何事もなかったかのように家に戻ってきた。
彼の顔には罪悪感の影もなく、ただのんびりとした安堵の表情があった。
彼の無邪気な振る舞いは、彼が自分の行為の深刻さを全く理解していないことを示していた。
麗子は彼をじっと見つめたが、彼女の目には失望と裏切り感が浮かんでいた。
麗子は復讐を決意した。彼が次に休むであろう日に向けて、ある計画を立てていた。
彼が他の女性のもとにいる間に、家から全てを持ち出し、去ることにしたのだ。
机の上には、紙一枚だけが残されることになる。
