「本当にいいんだな?」静まり返った部屋で、俺は声を絞り出した。妻の顔を見つめながら、心のどこかで未だに信じられないと訴えかけている。彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいたが、何か決意を感じさせる光が宿っていた。「うん、仕方ないよ。私じゃ駄目なんだし」彼女の声は微かに震えていたが、その言葉には重みがあった。
俺の名前は遠藤孝雄。どこにでもいるサラリーマンだ。結婚してもうすぐ10年が経つ。子供には恵まれることはなかったが、妻はその間も変わらぬ美しさを保ち、俺にとっては何よりも大切な存在だった。しかし最近の俺はEDで悩んでいた。俺のEDは単なる身体の症状以上のもので、自己否定感と無力感を日々深め、心を徐々に蝕んでいた。いろんな病院や薬を試すことを何度も繰り返したが、期待する効果は一向に現れず、ただただ時間だけが過ぎていった。
そんなある時、仕事の付き合いで取引先の社長と飲む機会が訪れた。彼は俺を非常に気に入り、意気投合し、酩酊するまで飲み明かした。正直記憶が全くない。翌日二日酔いで出社すると、昨日の社長から連絡があった。昨日の今日なのに社長には疲れが全く見えない。やはり経営者はパワフルだ。
「おはようございます。朝から元気ですね」
「おはよう!若い者が何言ってるんだよ。それはそうと昨日言ってたあれ、早速試してみるかい?」
社長の第一声に対し俺は正直何を言っているのか全く分からなかった。詳しく話を聞いていると、おぼろげに記憶が蘇ってきた。酔った俺が社長に悩みを打ち明けてしまっていたんだった。社長自身も昔EDに悩んでいたことがあり、今はそれを乗り切ったとのこと。そしてその方法とは、夫婦を交換すること。そう、いわゆるスワッピングというやつだ。
俺自身聞いたことはあったが、実際に試した人がこんな身近にいるなんて。詳しく聞けば聞くほど、それで治るなら試してみたいという思いが強くなっていた。しかし、普通はそんな話を妻にすることができない。多くの日々を悶々と過ごし、なかなか話す機会が訪れなかった。
「そんな深く考えなくて良いんだよ。とりあえず一緒に食事することから始めたら良いんだから」
「わかりました、妻に相談してみます」
意外なことに、その機会は妻からの夜の誘いという形で突然訪れた。だがやはり俺はEDのままだった。妻に申し訳ない気持ち、情けない気持ちなどが相まって、不覚にも涙してしまった。それを見ていた妻は黙って俺を抱きしめてくれた。このままではいけない。俺は意を決して妻に社長との提案を切り出してみた。驚いたことに、妻はあまり大きな反応をしなかった。それどころか、
「実は私も、最近友達から同じことを言われたの」と彼女は静かに話し始めた。友達にまでそうした相談をさせてしまった自分への情けなさが胸を締め付ける。だが、妻の物悲しく潤んだ瞳を見ていると黙っていられなかった。
俺は「一回試してみたい」と僅かに震える声で切り出すと、妻はしばらく黙っていた。やがて妻は、震えるほど小さくかすかにしか聞こえない声で「うん」と答えた。
「本当にいいのか?」静まり返った部屋で、俺は声を絞り出した。妻の顔を見つめながら、心のどこかで未だに信じられないと訴えかけている。
「うん、仕方ないよ。私じゃ駄目なんだし」彼女の声は微かに震え、涙が頬を伝った。その瞳には、どこか諦めとともに決意が宿っていた。社長夫妻の写真を妻に見せ、今度正式に食事をする日が決まった。
何が待ち受けているのか、期待と不安で交錯する感情に満ちていった。想像するだけで心臓が早鐘のように鳴り響く。俺のEDがどうなるのか明らかになるまで、落ち着かないだろう。だがその日が近づくにつれて、自分の愛する妻が社長に取られてしまう、そういうシナリオを想像するだけで、不安と興奮が入り混じり、俺の病気はすでに治っていた。
その後俺たちは社長夫妻と食事に、
「すいません、今回は食事だけってことでお願いします」
「そうか、別に良いんだよ。楽しく食事出来れば良いんだから。でもこれからどうするんだい?」
「それが…この話を頂いてから急に治ってしまったみたいで」
「おお、そうなのか。それは良かったじゃないか」
その数か月後、
「あなた、出来たの!!」仕事から帰ると妻が玄関まで嬉しそうに出てきた。
「え?何が?」
「…赤ちゃん!」
俺は一瞬理解できず、間が開いてしまった。
「え?本当に?」
「うん、4ヶ月だって」
なんと、もう諦めていた子どもを授かったのだ。俺はそれを聞いた瞬間、大きな声で叫んでしまった。妻を一気に抱え上げそうになったが、「だめ」と妻に諭され、落ち着いてから優しく抱きしめた。
俺はあの提案をしてくれた社長に心から感謝した。そして、子どもが成人する日まで、ずっとこの幸せを守り続けようと心に誓った。