僕は、リビングのソファに深く沈み込みながら、その現実から目をそらすことができなかった。隣に座る真帆さんの手が、僕の手をそっと包む。その温もりに安らぎを感じる一方で、胸の奥に重い痛みが広がる。
「どうして、こんなことになってしまったんだろう。」自分の中で何度も繰り返したその問い。けれど、答えは出ない。僕たちは、もう引き返せないところまで来てしまったのだ。
「こんなことになるなんて…。」彼女の声が静かに響く。振り返ると、彼女の瞳はどこか遠いものを見ているようだった。僕は、何も言葉を返せなかった。ただ、黙って彼女の手を握り返す。
「……ダメなのに、こんなこと。」小さな呟きが聞こえた瞬間、彼女の手がわずかに震えた。その震えが僕に問いかけてくる。この罪深い距離感を、僕はどうするべきなのか、と。僕の胸に押し寄せるのは、どうしようもない後悔と、それを上回るほどの抗えない感情だった。そしてその夜、僕たちは一線を越えてしまった。
数週間前のある日。僕は、人生のバランスをすべて崩してしまった。あの日の事故がすべての始まりだった。僕の名前は直井健介、42歳。某大手宅配会社で働く、ごく平凡な男だ。妻の真衣とは結婚して10年。4歳になる娘の奈々を育てながら共働きで生活を支えていた。だが、あの事故を境に、僕の普通の生活は一変した。同僚が操作していたフォークリフトと荷物に僕の腕が挟まれた。その瞬間の鈍い音と激痛。そのまま意識を失い、次に気が付いた時は病院のベッドに横たわっていた。医師の口から告げられたのは、「両腕骨折、肋骨損傷、全治三か月」という言葉。その瞬間、僕の心の中で、何かがポキリと折れる音がした。
僕の妻の真衣は介護職をしている。日々不規則な勤務に追われ、家のことは後回しになるのが常だった。僕が両腕を骨折したときも、彼女は最初の数日こそ付き添ってくれたものの、彼女はすぐに仕事に復帰せざるを得なかった。代わりに手を差し伸べてくれたのが、義母の真帆さんだった。普段から娘の奈々の保育にお世話になっている。
「奈々ちゃんのことも、健介さんのことも、私がちゃんと見るからね。遠慮しないで。」真帆さんの存在は、僕にとってどこか特別なものだった。妻の真衣とは違う柔らかな雰囲気を持ち、それでいて芯の強さを感じさせる人だった。
彼女はシングルマザーとして、女手ひとつで真衣を育て上げた。真帆さんの人生が楽だったとは思えない。それでも、愚痴をこぼす姿を見たことは一度もなかった。彼女はいつも穏やかで、優しくて、どんな困難にも毅然として立ち向かう強さを持っていた。美人だと一目でわかる顔立ち。その整った横顔には、歳を重ねた女性ならではの落ち着きと品が漂っている。高い頬骨に沿った控えめな笑みは、誰にでも安心感を与えるものだった。
真帆さんは、ただ美しいだけではなかった。その笑顔にはどこか影があり、長い人生を戦い抜いてきた女性だけが持つしなやかさと、儚さを同時に感じさせた。彼女は完璧な母でありながら、どこか隙を見せる瞬間があった。それが、僕の中の抑えきれない衝動を引き起こしてしまう。髪を耳にかける仕草ひとつ、笑顔の端にふっと浮かぶ影。それらがすべて、僕の心を掻き乱した。妻にはない柔らかさ。だけど、妻に言えない後ろめたさ。すべてが僕を罪へと引き込んでいく。
そして、今回のケガは義母の助けなしでは、僕の生活は成り立たなかった。食事も、着替えも、トイレも、風呂も。⭐️すべて彼女に頼らざるを得なかった。最初はただ感謝の気持ちだけだったはずだ。けれども、次第に彼女に触れられるたびに、胸の奥がざわつくようになっていった。両腕が動かせないのはただただ、すべてに置いて困る。トイレに行くのも、風呂に入るのも、着替えるのも全て自分で出来ない。ある日、トイレでズボンを下ろせずに困っていたときのことだ。
「健介さん、大丈夫?」ドア越しに真帆さんの声が聞こえる。僕は反射的に「大丈夫です!」と声を張り上げたが、尿意は限界に近かった。仕方なくドアを開けると、彼女が少し申し訳なさそうな顔をして立っていた。
「見ないから安心してね。」彼女はそう言いながら、慎重に僕のズボンのジッパーを下ろしてくれた。その瞬間、僕の鼻腔に彼女の香りが漂った。柑橘系の柔らかな香り。僕は目を閉じ、必死で理性を保とうとした。それでも、胸の奥で何かが暴れだしそうになる。
彼女の手が離れた後も、香りだけがそこに残り続けた。風呂場でも彼女の助けが必要になった。妻が休んでくれている間は妻と娘が手伝ってくれたが、妻が仕事に出た日から3日間お風呂に入らなかった。仕事帰りの妻に負担をかけたくなかったのだ。だがちょうど妻が夜勤の日に義母から
「健介さんちょっと匂うわよ」と言われ、全身から汗が噴き出るくらい体が熱くなった。
「手伝うからお風呂に入りなさい」そう言われ渋々お風呂に入ることになった。服を脱がされると、この上のない羞恥心に襲われていた。湯気が充満する浴室で、真帆さんが僕の体をスポンジで優しく拭いてくれる。そのたびに、僕の心臓が嫌なほど速く脈打つのがわかった。
「痛くない?大丈夫?」彼女の声が僕の耳元で囁くように聞こえる。視線を逸らそうとしても、湯気越しに見える彼女の白い肌が目に入ってしまう。僕は唇を噛みしめて、自分の弱さを必死で隠した。それ以降は抵抗することもなく入浴介護をしてくれていたのだが、
そんなある日、娘の奈々が真衣に何気なく言った一言が、僕の胸を凍らせた。
「ママぁ、おばあちゃんがパパのお風呂入れてたよ!」真衣は驚いた顔で振り返ると、僕に問いかけるような視線を向けた。
「どういうこと?」僕は必死で取り繕った。「い、いやいや、背中をこすってもらっただけだよ。」と額に汗がにじむのを感じた。真帆さんも気まずそうに笑いながら「奈々ちゃんがパパの背中洗ってくれるって言ってたのに寝ちゃったからよ」とフォローしてくれ、妻の目の懸念もなんとか消えたようだった。
その夜真衣が夜勤の仕事に出た後、奈々を寝かしつけリビングに戻ると、真帆さんが洗濯物をたたんでいる姿が目に入る。控えめなライトの下で、彼女の白い肌が浮かび上がって見えた。
「健介さん、眠れないの?」彼女が優しく声をかける。その一言が、俺の理性の糸を切った。
「真帆さん…」気づけば彼女の手を握っていた。真帆さんは驚いた表情を見せたが、すぐに静かに微笑んだ。
「ダメよ。こんなことは…」そう言いながらも、彼女は手を振り払うことはなかった。その夜、俺たちは背徳感に溺れるように互いを求め合った。彼女は妻にはない柔らかさと温かさを持っていて、僕はその魅力に取り憑かれていった。
翌朝、無邪気に笑う奈々の姿が目に映った瞬間、胸に重い石を詰め込まれたような感覚に襲われた。あの笑顔を守るために、僕はこれから何を失えばいいのだろう。何を隠し通せばいいのだろう。真帆さんと目を合わせることもできない。彼女がリビングを出ていく背中を見送るだけで、僕の罪悪感はさらに深く心に刻まれる。それでも、僕は彼女を想う気持ちを止められなかった。そしてその想いが、やがてどんな破滅をもたらすのかを、まだ僕は知る由もない。
YouTube
現在準備中です。しばらくお待ちください。