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昼顔~昼の妻・夜の妻

禁断

「美里さん、これからもお昼の間だけでも、一緒にいてほしい」と義父の清志が涙ぐみながら訴えた。その言葉の重さに、美里の心は揺れ、次の瞬間、彼女はそっと唇を重ねていた。

義父の世話をすることになったのは、夫の淳史からの頼みだった。淳史は大手企業で働くプライドの高い男で、専業主婦の私にはモラハラの態度が多かった。専業主婦なんだから、それくらいするのが当たり前だと強引に面倒を見るよう仕向けられたのだ。幸い、夫の実家までは自転車で行ける距離だったが、毎朝家事と夕食の準備を済ませた後、自転車に乗って実家の家事をしに行くのが嫌で仕方がなかった。
義父は体は元気なのだが、家事には全く手を付けられない人だった。義母が亡くなってたったの一カ月で実家はゴミ屋敷のような状態になっていた。見かねた夫が、私に片付けるようにほぼ命令したのだ。お昼には到着し、掃除や洗濯などの家事をして夕方には戻る。そんな日々だった。義父は食事は自分で作れるが、なぜか片付けをすることができない。意外と凝った料理を作ることもあり、だが作るだけでその後の片付けが大変だった。もともと義父は寡黙な人で、ほとんど二人きりで話したことはなかった。義母がいる間は義母を通しての会話だったため、始めのうちは義父と話すのさえ苦手だった。

そんなある日、家に到着すると「いつもすまないね」と私のためにサンドイッチとケーキを作ってくれていた。「お義父さん、これどうしたんですか?」と驚く私に、「いつもお世話になっているから、美里さんのために作ってみたんだよ」と、清志は微笑んだ。その優しさを嬉しいと思う反面、パッと横を見た時のキッチンの残骸を見ると素直に喜ぶことが出来ず、有難迷惑だとさえその時は思っていた。

しかし、家で淳史からモラハラを受け続ける私に対し、義父は実家に寄るたびに優しさを向けてくれた。少しずつ心が癒され惹かれていくのを自分でも感じていた。

ある日、夫の晩酌のお酒を切らしてしまった。「なんで買い忘れるわけ?」と怒鳴る淳史に、素直に謝るべきだったのかもしれないが、「主婦も大変なんだよ、ましてや二軒分も」と反論してしまったのがいけなかった。夫はヒートアップし、大声で怒鳴り続けた。「働いていないお前が、専業主婦のお前が、誰のおかげで過ごせてるんだ」と文句を言い続けた。その怒りの迫力に、私は恐怖を感じ、身が震えた。この日をきっかけに、淳史のモラハラは日に日に増し、私の心は次第に追い詰められていった。私は心の中で叫びたかった。『どうして私がこんなことをしなければならないの?』と。毎日冷たい夫と顔を合わせるのが辛くなっていったが、話すら聞いてもらえなくなっていった。
「ああ、この人には何を言っても無駄なんだ」私はこの人にとって完璧な家政婦であれば良いんだと悟った。
実家に行けば義父は優しかった。最近は休日でも逃げるように実家に向かうようになっていた。義父は私のことを見てくれ、聞いてくれ、その都度目を見てお礼を言ってくれた。やってもらって当たり前という考え方ではなかった。

そんなある日、朝から体が重く実家に向かえなかった。すると、昼過ぎに家のチャイムがなった。義父が訪ねてきたのだ。「どうしたんだい?何かあったのかい?」その言葉に、私は今までのことを洗いざらい吐き出した。義父は「バカ息子がすまないね」と優しく寄り添ってくれた。その温かさに、私は思わず泣いてしまった。
その時、清志はゆっくりと近づいてきて私を抱きしめてきた。その

温もりが私の心の深い部分にまで染み渡り、清志の優しい眼差しをそのまま受け入れてしまった。「美里さんが来てくれるようになってから、嘘のように寂しさが消えたんだよ」「これからもお昼だけで良いから来てくれるかい」との訴えに、顔を見上げると優しい眼差しの清志にそっとキスをした。
私はこの日以降、お昼は私のことを愛してくれるこの人と過ごし、夜は完璧な家政婦として夫と過ごすことにした。もちろん夫は、何も気付いていない。もし気付いたとしても世間体を気にして離婚はしないだろう。罪悪感はあったが、心が割り切れると案外何も思わなくなり、今はこの生活が楽しくなっている。お義父さんがいつまで健康でいてくれるのかはわからないけれど、今はこの安定した生活を続けていきたいと願っている。

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