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息子の嫁

いつまでも若く禁断背徳

私の名前は信成です。今年58歳になります。農家をしているので、生活リズムは規則正しく、朝早く起きます。今日も変わらず朝4時に起床しました。台所へ行くと、息子の嫁である愛ちゃんがいました。
「おはよう、愛ちゃん」 私が挨拶をすると、元気な顔で笑って挨拶を返してきます。この家は彼女たちが来てからぱっと明るくなった気がします。
私は妻に先立たれて、家で孤独に過ごしていたところに息子の慎也が一緒に暮らさないかと提案してくれました。ここは若者が暮らせるほど娯楽はありません。私は何度も断りましたが、電話で、可愛くて仕方ない孫の裕也が言いました。
「じいじ、ゆーやといっしょにくらすのいやなの?」これには参りました。私は禿げかかっている頭を撫でながら、「すまんすまん」と謝ります。孫の力によって、息子家族たちは私の家で共に暮らすようになりました。裕也はまだ3歳で保育園から帰ってくると、私の膝に乗り、その日あったことを教えてくれました。裕也は愛らしく、私たち家族の癒しです。
「お義父さん、こちらは作業が終わりました」
「ありがとう、愛ちゃん」愛ちゃんは私の農作業を手伝ってくれています。器量が良く、手先も器用なので、すぐに我々農家仲間の人気者になりました。一日の終わりに、愛ちゃんが腰をマッサージしてくれます。たまに裕也が乱入してきて、私の腰に乗って飛び跳ねることもありました。
「いてて」「すみません。大丈夫ですか?」
「いやいや大丈夫だよ。もう少し大きくなったら、骨折しちゃうけどね」しかし、裕也がそれから大きくなることはありませんでした。息子と近所の公園へ遊びに行った際に、猫に気を取られた裕也が事故に遭ったのです。そして、裕也はそのまま帰らぬ人に……。私の家の中が一気に暗くなりました。笑顔で飛び回る裕也がもういないのです。その現実に私達は心が折れました。
慎也は、責任から逃れるように仕事に没頭し、あまり家に帰らなくなりました。愛ちゃんは、一日中泣いて暮らしています。しかし、女性の方が強いのでしょう。家事はしてくれていました。私は縁側の椅子に座り、ぼーっと外を眺めているだけの生活が続きました。
春の陽射しが私を心地よく包み、心が回復してきたころ、愛ちゃんが私に苺を渡してきました。
「これは?」「私が育てたんです。でも、これ一個しか実がつきませんでした」そう言って、困ったような顔で彼女は笑いました。よく見ると、目の下には濃いクマがあります。彼女は無理していることがわかりました。私はありがたく貴重な苺を受け取り、食べました。
「うん、甘いな」涙がつーっと流れてきました。愛ちゃんは私の涙を見ないように、立ち上がって窓を少し開けました。
チチチと元気な鳥が庭の木にとまりました。「そろそろ燕の時期だなあ」
「そうですね」愛ちゃんはそう言いながら、洗濯物を取り込みに庭に出ました。毎日、私の世話をしてくれる愛ちゃん。彼女には感謝でいっぱいです。
そう考えると、自分は何も返していないことに気が付きました。自分もしっかりしなくては。彼女を見て、自分を奮い立たせました。
「畑でも見てこようかね」外に出たのはいつぶりでしょう。随分長い間、家に閉じこもっていたので、足腰が弱っていて、簡単にフラついてしまいます。畑につくと、「おお、信成」と農家仲間が手を上げて私を呼びました。彼らの話によると、私が引きこもっている間に畑の管理をしてくれていたそうです。
「愛さんも一緒にな」
「え?」愛ちゃんは畑まで見に来てくれて、私の代わりにせっせと土をいじっていたと言います。私は急いで家に帰りました。玄関をガラリと開け、台所へ向かいます。そこにはうずくまっている愛ちゃんがいました。
「どうしたんだい」
「包丁で指を……」私は急いで救急箱を持ってきて処置をしてあげました。絆創膏が巻かれた痛々しい指。しかし、彼女は決して泣きません。もしかしたら、涙が枯れてしまったのではと思いました。
「痛かったら泣いていいんだよ」泣いていい。その言葉が彼女にようやく泣く許可を与えたのでしょう。涙を止めどなく流し始めました。私は彼女の頭を撫でました。
「ごめんな、私が不甲斐ないばかりに」愛ちゃんはふるふると頭を振りました。
「不甲斐ないのは私の方です。しっかりしなきゃ」
「そう、気負わんでもいいんだよ。私たちは家族なんだから」自然と出た言葉です。自分に正直になる。大切なことです。そうしたら、私も涙があふれてきました。
「いや、すまんな」「いいんです」お互いにお互いを許しました。私たちの絆が強くなった瞬間です。

 夜になり、まだ冷え込む中、襖が音もなく開きました。「どうした?」私が上体を起こすと、愛ちゃんが私の掛布団をめくりました。
「愛ちゃん?」「寒いんです、ずっと」そのまま布団に入ってきます。いくら家族でも、息子の嫁です。血は繋がっていません。そんなに無防備に布団に入ってきていいのか疑問に思いました。しかし、ぴったりと私の背中にくっつく彼女は確かに芯から冷えています。私は彼女を温めるように、体を回転させ彼女と向き合い腰あたりを抱き寄せました。
「あったかい……」体の冷たさとは異なり、顔に当たった彼女の息をすごく熱かったです。

 数日後、慎也が久しぶりに帰ってきました。以前は中肉中背だったのが、すっかり痩せ細り、まるで別人でした。
「俺、東京に戻る」「え?あなた、それ本当に?」「ああ、仕事が向こうに決まったんだ」いつの間にか転職活動をしていたらしいのです。
「お前はついてこなくていい」慎也の非情な言葉に愛ちゃんが体を震わせました。
「え?それって……?」「離婚しよう」
「何かの気の迷いだ。冷静になれ」私の言葉に慎也は異常にギョロギョロさせた目をこちらに向けました。
「いいよな、親父は。縁側でぼーっとしていればよかったんだから。その間の収入は誰が稼いでいたと思っているんだ」
「でかい口を叩くようになったな」私は怒りに支配されました。愛ちゃんという嫁を捨てて、東京に戻るとは。裕也のことを引け目に思っているからであって、慎也はまだ立ち直っていないことが見て取れます。
「私が働くから、あなたは休んで。ね?」愛ちゃんが冷静に慎也を宥めます。慎也はフンと鼻を鳴らしました。
「どうせ俺がいない間に親父に抱かれたんだろ」
「慎也!」バチン! 初めて息子の頬を打ちました。言っていいこと、悪いことがあります。今のは愛ちゃんを傷つける悪い言葉です。
「愛ちゃんに謝りなさい。お前がいない間、この家を守っていたのはお前だけじゃない。彼女もだ」
愛ちゃんを見れば、涙を必死にこらえています。こんな嫁の姿を見ても、何も感じないほど、慎也は心が壊れてしまったのでしょう。何も言わずに家から出ていきました。残された私と愛ちゃんは、一旦落ち着くために台所の食卓に座りました。沈黙がしばらく続きます。
「私、慎也さんについていきます。東京に行きます。今の彼には誰かが必要なんです」
「誰かじゃない。愛ちゃんが必要なんだよ」ふっと緊張の糸が切れたのか、彼女は涙を流しました。
「すみません。泣いてばかりで」
「感情があることはいいことだよ」私は彼女の肩をさすって、彼女の芯から冷えている体を温めました。
「お義父さん」「何だい?」「また一緒に寝ても良いですか? 寒くて…」
 彼女を見たら、その目は虚ろで涙以外入っていないような顔をしていました。言わんとしていることがようやく理解できたとき、私は断れませんでした。
「あっためて」彼女が私に抱き着き、私も彼女を受け入れました。私は彼女の心が癒えるまで、愛し続けました。

「私たちは大丈夫でしょうか?」
「うん、大丈夫だ」肩にぽんと手を乗せると、彼女の体は確かな温もりがありました。すっかり元に戻り、これからは慎也を立ち直らせることが彼女の使命になります。つらいことがたくさんあるでしょう。私は東京には行けないので、彼女の手伝いはできません。だから、彼女と息子をただ遠くから見守ることしかできないのです。
「お義父さん。見ていてください。次にお会いするときは元気な慎也さんになっていますよ」
「頼もしいな」私は豪快に笑いました。彼女は安心したような笑みを浮かべました。
「お義父さんも大丈夫そうですね」
「ああ。野菜いっぱい送るから、あいつにいっぱい食わせてくれ」
「はい」彼女は初夏の風に吹かれて、東京に戻っていきました。

 軒には燕が巣を作っています。「大きくなれよ」私は農業に戻りました。
 数年後、慎也と愛ちゃんからメッセージが届きました。それと共に、一枚の写真。
「家族3人で頑張って生きていきます」新しい命に私は大声をあげて泣きました。

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