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忘れられない彼の温もり

いつまでも若く感動純愛背徳

再び亮介さんの腕の中に戻るなんて、あの頃の私は思いもしなかった。私の名前は浅田麻衣。26歳で、親の決めた結婚によって結城太一さんという人と夫婦になった。けれど、心の中には亮介さんしかいない。これだけは、結城さんにも誰にも知られてはいけない私だけの秘密。彼の指が背中をなぞるたび、私は心の中で必死に「いけない」と叫んでいた。でも、その声は彼の吐息に掻き消されていく。もう、この温もりを手放すことはできない。禁じられた再会。それをわかっていながら、私は彼の腕に飛び込んでしまった。
「麻衣……」名前を呼ぶ低い声が耳元に届いた。吐息がほんの少し触れる。心臓の奥がきゅっと縮こまるような感覚に襲われたのはいつぶりだろう。抗おうとする理性の声は遠のき、彼の腕の中に囚われている現実だけが鮮やかになる。息遣いの重なりと、微かに香る彼の匂い。その全てが、私を過去の記憶へと引き戻していく。
「亮介さん……ダメ……」そう言いながらも、私はもう彼の腕から離れられない。触れた肌の温もりが、私の理性を溶かしていく。彼の手が優しく私の頬に触れると、何もかもが崩れ去ってしまう気がした。

 2年前、私は亮介さんと愛し合っていた。でも、父はそんな私たちを認めなかった。亮介さんは一介のサラリーマンで、私の父は会社を継がせることができる人しか許すはずはなかった。「麻衣、お前のためだ。」父のその言葉は重く、冷たかった。彼は書斎のデスク越しに私を見下ろし、顔をしかめたまま腕を組んでいた。威圧的な視線に、私はただ黙って俯くだけだった。その静寂は息苦しく、まるで私を否定するすべての言葉が詰まっているように感じた。
「この家の未来を考えるなら、お前が個人の感情で動くことは許されない。」父の厳しい声が耳を突き刺す。その声には、私への愛情ではなく、家のための使命感だけが込められていた。私は父の指示で、太一さんという誠実で立派な男性とお見合いをし、そして結婚させられた。
太一さんは悪い人ではない。むしろ、彼の誠実さには感謝している。けれど、私は彼を愛せない。彼と過ごす日々は、毎日が義務のようで、ただただ辛いだけだった。亮介さんのことを忘れるために、私は必死で新しい生活に適応しようとした。でも、無理だった。亮介さんは私にとって唯一無二の存在で、彼との思い出が夜ごと私を苛んだ。

亮介さんからの連絡があったのは、結婚してから一年後のことだった。「麻衣、俺はまだ終わったとは思ってない。」彼の言葉を聞いた瞬間、私は心が大きく揺れた。会いたい、でも会ってはいけない。そんな葛藤の末、私は彼に会うことを選んでしまった。
「麻衣、大丈夫か?」亮介さんの声が耳に届くと、私は思わず涙が溢れた。けれど、その瞬間に背後で誰かの視線を感じた気がして、私ははっと顔を上げた。
「誰かに見られてるかもしれない……。」そう口にした私に、亮介さんは優しく微笑んだ。
「麻衣、俺が守る。お前が怖い思いをしないように、俺が全部なんとかする。」彼の言葉は暖かかった。でも、その一方で、もし父や結城さんに知られたらどうなるのだろうという恐怖が胸を締め付けた。亮介さんと会うたびに、私は自分の中の罪悪感と向き合わなければならなかった。でも、それ以上に彼といる時間が愛おしかった。彼は私の心の隙間を埋める唯一の存在だった。
「私、本当にこれでいいのかな。」家に帰るたび、結城さんの優しさが私を苦しめた。彼は決して私を責めることなく、むしろ一生懸命に私を幸せにしようとしてくれていた。私の好きな食べ物を覚え、仕事で疲れた時にはさりげなく花を買ってきてくれる。そんな優しさに触れるたび、私は自分が彼を裏切っていることがどれほど残酷なことかを思い知らされる。それなのに、私の心はいつも亮介さんのもとにあった。そんな自分が、どれほどひどい人間なのか、何度も問いただした。
「でも……嘘をつき続けて、このまま一生を終えるなんて耐えられない。」夜中に一人、涙が止まらなかった。結城さんへの罪悪感と亮介さんへの愛情。その狭間で揺れる私の心は、いつもズタズタだった。

私はついに父に反抗することを決めた。父の威圧的な態度に怯えながらも、亮介さんと再び生きることを選んだ。
父の書斎の扉を開けたとき、冷たい空気が私を包んだ。父は机の前で書類を整理しており、私の姿を見ると顔を上げた。その目には威厳と苛立ちが入り混じっていた。
「何の用だ、麻衣。」私は一瞬ためらったが、心を奮い立たせた。
「父さん、私はもう父さんの言いなりにはなりません。」その言葉が部屋に響いた瞬間、父の手が止まった。彼はゆっくりと椅子にもたれ、私をじっと見つめた。その視線は鋭く、心を見透かされるようだった。
「お前が自分が何を言っているのか、わかっているのか?」低く抑えた声には、怒りが滲んでいた。しかし、私は怯まなかった。
「わかっています。でも私は自分の人生を自分で決めたいんです。」父の顔が一瞬歪んだ。それは驚きと苛立ち、そして失望が混ざり合った表情だった。私はその顔を見ても、自分の決意が揺らぐことはなかった。
「そうか。勝手にしろ。ただし、お前が選ぶ道の責任は全てお前自身で取るんだぞ。」
そう言い放った父の声は冷たかったが、その奥にかすかな諦めが感じられた。その瞬間、私の心には確かな解放感が広がった。
そして、私は結城さんにも全てを話した。「太一さん、本当にごめんなさい。私はあなたを裏切りました。」彼は静かに話を聞き、最後にこう言った。
結城さんは静かに話を聞いてくれた。「麻衣さんが僕を見ようと努力してくれたのは、よくわかっているよ。」
その言葉には優しさが滲んでいたけれど、彼が拳をぎゅっと握るのを見てしまった。その小さな仕草が、彼の心の痛みを何よりも物語っていた。
「本当は笑って送り出してあげたいけど……」彼は俯いたまま、拳をぎゅっと握りしめた。
「ごめん…早く出て行ってくれないか……」そう呟いた彼の声には、どうしようもない諦めと愛が滲んでいた。私は涙が止まらなかった。彼の優しさが、私には痛いほど重かった。

 その後、私は亮介さんと生活を一新するために共に海外へと旅立った。機内で彼の手を握りながら、私は彼に微笑んだ。私たちは罪を背負ったままだ。それでも、亮介さんの手を握るこの瞬間だけは確かなものだと信じたい。いつかこの選択が正しかったと胸を張れる日が来るだろうか――今はただ、彼と共に歩む道を進むしかない。

あれから10年が経った。亮介さんは国際弁護士の資格を取り、今では私と息子を支えてくれている。息子の翼は4歳。小さな手で何かを掴もうとする仕草は亮介さんそっくりだ。翼の笑顔を見るたび、私はこの選択が正しかったと自分に言い聞かせる。けれど、時折ふと胸の奥に古い痛みが蘇ることがある。それは、誰かを深く傷つけた代償。
私たちはあの日、確かに罪を犯した。でも、その罪の重さと引き換えに得たこの温もりだけは、誰にも壊させはしない。
「ママ、今日は僕のおじいちゃんに会うんだよね?」翼の笑顔に、私は微笑み返した。あの日の選択が正しかったかどうかは、まだわからない。それでも今は、この小さな手を握ることで、前に進んでいけると信じたい――。
父はすでに引退し、今では太一さんが会社を率いている。彼には申し訳ない気持ちでいっぱいだが、私たちを恨むことなく新しい道を進んでくれた。そして…久しぶりに再会した父の髪は白くなっていたけれど、孫の顔を見た父の顔は今まで見たことのない優しい微笑みだった。

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