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お届け物の度に

いつまでも若く背徳裏切り
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「でも、今日だけは…」

二人の唇が触れ合った。最初は優しく、そして次第に情熱的に。抑えきれない感情が二人を支配していた。窓から差し込む午後の陽光の中、私たちは互いを激しく何度も何度も求め合った。

‥‥

「お届け物です」

チャイムを鳴らし、いつものように声をかける。この仕事を始めて十年になるが、この一言は今でも丁寧に言うようにしている。

ドアが開き、藤原志保さんが現れた。三十九歳。特別美人というわけではないが、どこか凛とした佇まいを持つ女性だ。夫を亡くして二年になると聞いている。

「はい、ありがとうございます」彼女は柔らかな笑顔で荷物を受け取った。秋の午後の陽が彼女の横顔を優しく照らしていた。

「藤原さん、いつもありがとうございます。」私は丁寧に荷物を両手で差し出した。毎回同じ仕草だが、彼女に対してはいつも少し気を遣っている自分がいる。

「こちらこそ、いつもお世話になります」そう言って彼女が微笑むと、なぜか胸が締め付けられるような感覚に襲われた。最近、この感

覚が強くなっていることに気づいていた。

「また明日、荷物があると思います」そう言われて立ち去る時、彼女の視線が私の背中に注がれているような気がした。振り返りたい

衝動を抑え、足早に次の配達先へと向かった。

その夜、自宅のリビングで妻の和子と向かい合って夕食を取っていた。テレビからはバラエティ番組の賑やかな声が流れ、娘の美咲は自室で勉強中だ。

「明日は早いの?」和子が尋ねた。

「ああ、いつも通りだ」私は箸を進めながら答えたが、頭の中には志保さんの姿があった。今日彼女が着ていた淡いブルーのカーディガンが、柔らかな印象を与えていた。そんなことを考えている自分に、罪悪感を覚える。

「何か悩みでもあるの?」和子は鋭く察したようだった。

「いや、仕事のことだ。気にしないでくれ」

嘘をつく自分に嫌悪感を覚えながらも、藤原志保さんへの思いを押し殺した。これは単なる思い過ごしだ、そう自分に言い聞かせた。

翌日、予定通り志保さんの家に荷物を届けた。彼女は優雅にドアを開け、いつものように笑顔で迎えてくれた。

「こんにちは、村上さん」初めて名前で呼ばれたことに、少し驚いた。彼女が私の名前を覚えていてくれたことに、小さ

な喜びを感じた。

「今日は少し重そうですね」彼女が言った。

「ええ、重いので中まで運びましょうか?」私の申し出に、彼女は少し考え、それから頷いた。初めて彼女の家の中に足を踏み入れる瞬間だった。

玄関を入ると、整然とした部屋が広がっていた。シンプルながらも洗練された家具、そして窓辺には観葉植物が置かれ、柔らかな空気が流れていた。

「ここに置いていただけますか」リビングの隅を指差す彼女に従い、私は荷物を置いた。

「お茶でもいかがですか?」突然の誘いに、一瞬戸惑った。

「いえ、すみません。次の配達があるので…」

本当は少しでも彼女と話したかったが、仕事中であることと、自分の立場を思い出し、丁寧に断った。

「そうですね、お仕事中でしたね。失礼しました」彼女は少し寂しそうな笑顔を見せた。

玄関に戻る途中、壁に飾られた写真に目が留まった。志保さんと夫らしき男性の幸せそうな姿があった。

「ご主人ですか?」思わず尋ねてしまった。志保さんは静かに頷いた。

「ええ、二年前に亡くなりました。突然の心臓発作で…」

「すみません、余計なことを」

「いいえ、話せる人がいるのは嬉しいですから」

彼女の言葉は私の心に深く沁みた。彼女の孤独を感じ取り、何か力になりたいという気持ちがわき上がっていた。しかし、自分にできることは何もない。ただの配達員であり、既婚者なのだ。

「ありがとうございました」

そう言って家を出た私は、胸の高鳴りを抑えることができなかった。これは間違っている、そう思いながらも、明日また彼女に会えることを密かに楽しみにしていた。

「大変な雨ですね」

数日後、傘を持たずに帰宅途中で雨に降られ、駅の軒先で雨宿りしていた私に、突然声がかかった。振り返ると、藤原志保さんが立っていた。

「藤原さん、こんにちは」驚きながらも笑顔で応えた。

「よかったら、私の傘を使ってください」彼女の申し出に、戸惑いの表情を見せてしまった。

「いえ、それは…」

「私の家はすぐそこですし、もう買い物も済ませましたから、一緒に行きましょう」

言葉の裏に隠された意味を、私たち二人とも感じていたように思う。これはただの親切ではない。何かが始まろうとしていた。

結局、私は彼女の傘に入り、マンションまで歩いた。狭い傘の下で、二人の肩が時折触れ合うたびに、言葉にできない緊張が走った。

マンションに着き、玄関で彼女は振り返った。

「お茶でもいかがですか? 雨も強くなってきましたし」私は自分の心の声を聞いた。「駄目だ」と。しかし、口から出た言葉は違った。

「じゃぁ、少しだけ」雨音が周りで静かに響く中、彼女のリビングで向かい合って座った。入れてもらった緑茶の香りが部屋に広がっていた。

「今はお一人で暮らしているんですか?」私は尋ねた。

彼女は少し考え、それから静かに答えた。「ええ。一人ももう慣れました。でも、時々…誰かと話したくなりますね」

「私にできることが何でも言ってくださいね」そう言った瞬間、自分の言葉が持つ重みを感じた。これは単なる社交辞令ではない。何かを提案しているのだ。

「ありがとうございます」彼女の目が潤んだ。

「でも、あなたはご結婚されているのよね」私は黙って頷いた。二人の間に沈黙が広がった。雨の音だけが、その静寂を埋めていた。

「もうそろそろ行きますね」私は立ち上がった。「傘、ありがとうございます」

「いつでも良いですよ」彼女は微笑んだ。

「また荷物を届けに来てくれるでしょう?」

「もちろん」

その日以来、私たちの関係は微妙に変化した。配達の時間が少しずつ長くなり、短い会話が増えていった。時には彼女から手作りのクッキーをもらうこともあった。すべては無害な近所づきあいを装いながら、私の心の中では別の感情が育っていた。彼女もきっと同じだったに違いない。

ある土曜日の午後、休日出勤で志保さんの家に荷物を届けた。

「今日は休日出勤なんですか?」彼女が尋ねた。

「はい、繁忙期ですし土日は休めないので」私は答えた。

「今日は何か特別な荷物ですね」それは小さな箱で、高級チョコレート店の名前が記されていた。

「友人からの贈り物なんです。一緒にいかがですか?」今回も断るべきだと思った。しかし、心は既に決めていた。

「じゃあ少しだけ」リビングでチョコレートを開けながら、私たちは自然と会話を楽しんだ。私は自分の仕事の話、娘の話を少しした。彼女は亡き夫との思い出を語った。表面上は友人のような会話だったが、その目線の交差には別の意味があった。

「あの、今度…」彼女が急に言った。

「もし良かったら、近くの美術館に一緒に行きませんか?新しい展示があるんです」私は息を飲んだ。これは明らかなデートの誘いだった。一線を越える提案。

「えっと…」言葉に詰まった。正直に断るべきか、それとも心に従うべきか。

「考えときます」結局そう答えた私に、彼女は静かに頷いた。

その夜、自宅のベランダで煙草を吸いながら、どうするべきか考えていた。和子と娘は既に眠りについている。家族を裏切るような行為はしたくない。しかし、志保さんへの思いも無視できなかった。

次の休みの日、「仕事の急用」と家族に告げ、待ち合わせ場所へと向かった。心の中では「これが最後だ」と自分に言い聞かせていた。ただ友人として美術を楽しみ、それで終わりにしようと。

美術館で志保さんと合流した時、彼女はいつもと違う装いだった。柔らかなワンピースに身を包み、軽くメイクをしていた。私は胸が高鳴るのを感じた。

私たちは展示を見ながらゆっくりと歩いた。時々感想を言い合い、時には沈黙を共有した。その静かな時間の中で、二人の距離は少しずつ縮まっていった。

「素敵な絵…」彼女が指さした抽象画の前で、私は思わず彼女の手に触れていた。

二人の視線が交差し、時間が止まったように感じた。

「志保さん…」

言葉を失った私の唇に、彼女はそっと指を当てた。

「何も言わないで…」

美術館を出た後、二人は近くの静かなカフェに入った。窓際の席で、コーヒーを前に向かい合った時、もう二人の間には言葉は必要なかった。

「私のうちに来ませんか?」彼女の声は小さかったが、決意に満ちていた。

私は長い沈黙の後、「はい…」と答えた。

志保さんのマンションに着くまでの間、私たちはまだほとんど言葉を交わしていなかった。エレベーターの中で、自分の心臓の鼓動が聞こえるほどだった。

部屋に入り、ドアが閉まった瞬間、私たちは言葉なく抱き合った。長い間抑えてきた感情が溢れ出した。彼女の香りを深く吸い込んだ。

「だめなんだ」私は思わず囁いた。

「分かっています」彼女は私の目を見つめ返した。

「でも、今日だけは…」

二人の唇が触れ合った。最初は優しく、そして次第に情熱的に。抑えきれない感情が二人を支配した。

窓から差し込む午後の陽光の中、私たちは互いを激しく何度も何度も求め合った。まるで動物のように。長い間忘れていた情熱、女の温もり、そして心の繋がりを感じた時間だった。

それから私たちの秘密の関係が始まった。週に一度、「仕事の付き合い」を口実に彼女のもとを訪れた。二人で過ごす時間は、日常から切り離された特別な時間だった。しかし、同時に罪悪感も募っていった。

「このままではいけない」常にそんな考えに支配される。

ある日、彼女のソファで横になりながら私は言った。

「もう止まれないの」志保さんは私の胸に頭を預けたまま答えた。

「でも、あなたがいない生活にはもう戻れないの」

「あぁ」私は正直に認めた。

「でも、どうしようもない」

彼女は黙って頷いた。私たちが出口のない迷路に迷い込んでいることは明らかだった。

三か月が過ぎた頃、事態は転機を迎えた。妻の和子が、私の様子がおかしいことに気づき始め

ていた。

「最近、ちょっと遅りが遅くない?」ある夜、突然和子が言った。

「あ、あぁ。最近荷物が多くて…」私は視線を逸らした。

「本当に?」和子の目は真剣だった。

「何か隠していることがあるなら、正直に話して欲しい」私は黙り込んだ。嘘をつき続けることへの疲れと、家族を裏切っている罪悪感が苦しめていた。

「時間が欲しい」結局そう答えた私に、和子は深いため息をついた。

翌日、彼女に会った時、すべてを話した。

「妻が気づき始めている。このままではいけない」彼女は悲しそうに微笑んだ。

「最初から分かっていたことよ。いつかは終わりが来るって」

「でも、君を失いたくない」私は彼女の手を握った。

「あなたは何を望んでいるの?」彼女は真剣な表情で尋ねた。

「家族を捨ててまで、私は私を選んで欲しくない。そんな重荷を背負わって欲しくないの」それに対し私は何も答えられなかった。彼女の言葉は正しかった。

「少しだけ時間をくれ」私はそう言って彼女の家を後にした。

その後、一週間、私は彼女に連絡しなかった。自分の心と向き合う時間が必要だった。家族との時間を大切にし、娘と映画を見に行き、妻と久しぶりに夕食デートをした。すべてが以前と同じように思えたが、私の心の中では何かが変わっていた。

決心がついた日、私は志保さんのマンションを訪れた。

「会いたかった」ドアを開けた彼女が言った。

「俺も」私は微笑んだ。

「話があるんだ」私たちはリビングに座り、私は深呼吸してから話し始めた。

「この一週間、よく考えたよ。俺はやっぱり家族を捨てることはできない。」彼女は静かに頷いた。

「うん、分かってる」

「でも、君のことも大切だ。君との時間が、俺に新しい自分を見せてくれた。長い間忘れていた感情を思い出させてくれたんだ」

「それで?」彼女の目に涙が光った。

 私は真っ直ぐに彼女を見た。

「妻にすべて正直に話そうと思う。でも…」

「でも、君との関係も終わらせたくない。わがままかもしれないけど…」彼女は長い間黙っていた。それから、小さく頷いた。

「ううんダメよ…。私達…今からでも友達になれるのかな…」

 それから半年が過ぎた。私は妻に真実を話した。妻を傷つけたし辛い日々が続いたが、私たちは関係を修復する道を選んだ。カウンセリングに通い、失われていた絆を取り戻そうと努力していた。

志保さんとは、あの日以降、配達先のお客様として、そして友人として何度か会った。カフェでコーヒーを飲みながら近況を語り合う。そこには以前のような関係は無かったが、深い思いやりと感謝の心が生まれていた。

ある秋の日、私たちは公園のベンチに座っていた。周りの木々は赤や黄色に色づき始めていた。

「来月、大阪に転勤になるんだ」彼女は驚いた目で私を見た。

「そう…」

「自分から志願したんだ。家族と新しい出発をするために」彼女は微笑んだ。でも、悲しさと理解が入り混じった表情だった。

「それが良いと思うわ…」

「君は?」私は尋ねた。

「私?」彼女は空を見上げた。

「私も少し変わろうと思っているの。来年から、子ども向けの絵画教室でも開こうかなと思ってるの」

「そうか…。俺たち…これで良かったんだよな」私は心から言った。

「あなたと出会えて本当に良かったわ」彼女は静かに言った。

「あなたは孤独だった私に生きる勇気をくれたの」

「俺だってそうだよ」 私たちは長い間黙って座っていた。言葉は必要なかった。風が二人の間を優しく吹き抜けていった。

最後のお別れの時、

「大阪でも頑張ってね。心から応援してる」

彼女のその言葉に私は思わず彼女を抱きしめてしまった。本当はもう、抱きしめる資格なんか無い。でも彼女は拒まなかった。そしてお互いに涙が溢れていた。

しばらくしたのち、彼女は私を押し返し、「じゃあね。あなたももう振り向かないでね」と言いそのまま振り向き歩き始めた。

私もそのまま進んでいたが、思わず後ろを振り返ると、彼女もこちらを振り返っていた。思わず戻ってしまいそうになる。でも彼女は微笑んでいた。何秒見つめ合ったかわからない。でも私達は再び踵を返してお互い歩き始めた。

秋の夕暮れの中、もう振り返っても彼女はいない。しかし、その心に残った温もりは、これからもずっと二人を照らし続けるだろう。

大阪に転勤し、冬になった私は、彼女に友人として贈り物を送った。短い挨拶の文章とともに。

「お届け物です」

誰かが私の代わりにそう言ってくれるのを期待して。

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