俺が地元に帰るのは高校を卒業して以来6年振りだ。親も祖父母と同居することになり地元を離れている。そんな俺が地元に帰るきっかけになったのは同窓会だった。行ってみようと思ったのは、正直、幼馴染の真理恵に会えるかもしれないって期待があったからだった。真理恵が結婚してるって話は、親から聞いて知ってた。かつて明るくて笑顔の可愛い彼女が、どんな人と結婚してどんな生活をしているのか、どこかで気になっていたのかもしれない。でも俺もいい歳だし、そんなことを気にしても仕方ないと自分に言い聞かせながら、なんとなく胸の奥がざわついていた。
同窓会の会場は意外と盛況だった。懐かしい顔が並び、思ったより賑やかな雰囲気。だけど、どれだけ目を凝らして探しても真理恵の姿は見当たらなかった。それが少し残念で、やっぱり来なきゃよかったかななんて考えながら、同級生たちの会話に耳を傾けていると、ふと気になる噂が耳に入った。
「真理恵、旦那さん亡くしたんだって。事故だったらしいよ。それから双子育てながら一人でやってるみたいだけど、かなり苦労してるって聞いた。」
その話を聞いた瞬間、心臓がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われた。信じられなかったし、信じたくなかった。でも、俺が考え込んでいる間に、周りの会話は流れていく。どうしてもそのままにしておけなくて、真理恵の連絡先を知っている同級生を探して無理を言って教えてもらった。
数日後、真理恵と再会した俺は、目の前に立つ彼女の姿に言葉を失った。髪は少し乱れていて、顔色はどこか青白く、目の下には濃いクマがくっきりと浮かんでいる。かつて俺の知っていた明るくて輝いていた彼女の面影はほとんど残っていなかった。
「久しぶりだね。」彼女が小さな声でそう言ったとき、俺はなんとも言えない気持ちになった。昔のあの笑顔を思い出しながら、「元気だったか?」と声をかけた。でも、彼女はほんの少し笑みを浮かべただけで、言葉を返してこなかった。
その後、彼女が少しずつ話し始めた。旦那が事故で亡くなり、それから双子を育てるために必死に生きてきたこと。でも、それももう限界だということ。頼れる人がいない中で何とか頑張ってきたけど、もうどうしようもなくなってしまったということ。そして最後には言いにくそうに、「お金を貸してほしい」と泣きながら頼まれた。
「真理恵……。」俺は名前を呼ぶのが精一杯だった。どう言葉を返せばいいのか分からなかった。でも、彼女の必死な姿を見て、俺は心の中で決めた。
「お金じゃなくてさ、俺の家に来るか?部屋は余ってるし、生活費も俺が出すから。心配するな。」俺がそう言うと、彼女は目を見開いて「本当に?」と聞き返してきた。その表情を見て、俺は強く頷いた。
数日後、真理恵と双子の蒼くんと空くんが俺の家にやってきた。二人ともまだ幼稚園に通る小さな子供たちで、どこか怯えたような表情をしていた。「よろしくな、蒼くん、空くん。」俺がそう声をかけても、二人は真理恵の後ろに隠れてしまった。「ごめんなさい……。」と真理恵が申し訳なさそうに謝るけど、俺は笑って「いいさ、そのうち慣れるよ。」と言った。
最初の頃は、本当に助けたい一心だった。幼馴染がこんなにも苦しんでいるのを見て、何かしてやりたいって、それだけだった。でも、一緒に暮らしていくうちに、真理恵の顔色が少しずつ良くなり、子供たちが家の中で笑顔を見せるようになっていくと、俺の中で別の感情が芽生え始めていた。数週間も経つと、真理恵の顔色が明らかに良くなっていった。初めて家に来たときの疲れ切った表情が嘘みたいに、生気が戻り始めていた。かつての明るくて可愛らしい彼女の面影が、少しずつ蘇ってきたんだ。
そんな中、ふとした瞬間に心がざわつくことが増えた。例えば、風呂上がりに薄手の部屋着姿で出てきた彼女を見たときや、台所で髪を後ろに束ねて料理をしている姿を見たとき。どこか艶やかで女性らしい彼女の一面が、俺の中でかすかな期待と罪悪感を同時に呼び起こしていた。
もちろん、そんな気持ちを顔に出すわけにはいかないし、気づかれてはいけない。俺は自分に言い聞かせた。彼女を助けたい。それだけでいい。それ以上は考えるな、と。
ある日、真理恵が「私も働きに出ようかな」と言い出した。「無理するなよ。生活費は気にしなくて良いし、家事をしてくれるだけで十分助かってるから。」そう答えたけど、彼女は少し申し訳なさそうに微笑んで、「でも、子どもたちが保育園に行ってる間だけ、短時間のパートならできるかも。」と言った。その意志の強さに、俺は彼女らしいなと思いながら頷いた。
そんな日々が続いていたある日、仕事から帰宅すると、家が真っ暗だった。不安に駆られて急いで電気をつけた瞬間、突然クラッカーの音が鳴り響いた。「おじさん、お誕生日おめでとう!」蒼と空が元気いっぱいの声で叫び、真理恵がケーキを持ちながら笑顔で立っていた。その瞬間、胸がいっぱいになって、俺は思わず涙を流してしまった。
「こんなの初めてだよ……ありがとうな。」声が震えながらそう言うと、真理恵は優しく微笑んで、「いつもありがとう。これからもよろしくね。」と静かに言った。その言葉が、どこか胸に深く響いた。
それから何年も経ち、蒼と空は立派に成長した。二人とも優秀で、それぞれ国立大学に進学したときは、俺も真理恵も誇らしくて仕方がなかった。だけど、子どもたちが巣立っていくと、家の中は急に静かになった。
ある夜、真理恵が「今まで本当にありがとう」と深々と頭を下げてきた。「何言ってんだよ。俺がやりたくてやったことだし、俺だって助けられてたんだからさ。」そう返すと、彼女はふっと笑って、「今度一緒に行ってほしいところがあるの。」と言った。連れて行かれたのは、真理恵の旦那さんのお墓だった。墓前に立つ彼女は、長い間手を合わせ、静かに語りかけるようにしていた。その後で、ぽつりとこう言った。「子どもたちも巣立ったし、もう良いよね。これからは私の為に生きるね。」その言葉を聞いたとき、俺は胸の奥が熱くなった。きっと彼女は、長い間背負ってきたものをここで手放したんだろう。
その夜、俺の部屋のドアがノックされた。「どうぞ。」と答えると、真理恵がそっと入ってきた。彼女は俺の前に座り、少し緊張した面持ちで話し始めた。
「ずっと言えなかったけど、今まで本当にありがとう。私のこと愛してくれる?」声が震えているのが分かった。俺は少し驚いたけど、同時に心の奥で暖かい何かが溢れるのを感じた。「何言ってんだよ。俺もずっとお前のことが大事だったよ。こんな風になるなんて思わなかったけど、今ならはっきり言える。」
そう言って彼女の手を取ると、真理恵は涙ぐみながら微笑んだ。その瞬間、俺たちの間にあった壁が音を立てて崩れた気がした。
その夜、俺たちはお互いの気持ちを確かめ合いながら、これからの未来についてゆっくりと語り合った。彼女の温もりを感じながら、ようやく心の中でくすぶり続けていた想いに決着がついたんだ。
朝が来て、彼女がキッチンで朝食を作っている姿を見ながら、俺はふと思った。これからは二人で新しい生活を作っていくんだって。子どもたちがいなくなって静かになった家も、これからは笑顔で満たされるはずだ。俺はそう信じて、「おはよう」と声をかけた。振り返った彼女の笑顔は、あの頃と変わらないくらい輝いていた。
YouTube
現在準備中です。しばらくお待ちください。