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『洗濯屋』~配達先で~

「こんなおばさんの未亡人で良いの?もう意気地なしじゃないのね。」ゆかりのその声にはかすかな震えがあった。だが彼女の表情は確実に、子供の頃の悪戯っぽい笑顔を取り戻していた。俺は安堵し、ただ静かにゆかりを抱きしめた。
・・・・
兄貴がこの世を去ってからもう一年が経ち、心の痛みはまだ癒えぬままだ。時間だけが静かに流れている。事故の日、兄貴とゆかりは車中で激しく言い争っていた。何が引き金だったのかは分からないが、その結果がこの悲劇を招いた。兄貴は即死、ゆかりは奇跡的に軽傷で済んだが、その心には深い傷を負ってしまった。その日以降、ゆかりは外出することもままならなくなってしまった。彼女は放っておいたら食事もしない。その為、俺は事故以来毎日、食事を作りに行った。そこで俺も毎日一緒に夕食を食べるのが日課になっていた。ゆかりは俺の義理の姉だが、実は俺たち3人は実家が隣同士の幼馴染なのだ。そして、俺の初恋の相手でもある。一緒に大きくなり、一緒に遊んだ記憶が今も色濃く残っている。兄貴がゆかりに告白した時、俺は何も言えずに見送っただけだった。相談されたときに「意気地なし」と彼女に言われた言葉は、今でも心に突き刺さる。
今日も仕事を終え、疲れた体を引きずってゆかりの家に向かった。いつものように夕食の支度を始めようとしたら、驚くべきことに、ゆかりがすでに食事を用意してくれていた。ゆかりが手料理を並べる間も、彼女の目は遠くを見つめていた。「太一、いつもありがとう。もう1年だもんね。少しずつ頑張るね」と彼女が言ったとき、彼女の声には痛みと希望が混在していた。俺は温かく答えた。「おう、まあぼちぼちでいいよ、無理すんなよ」。彼女の目から涙がこぼれ落ちる。「あの時、太一と付き合っていたら、こんなことにはならなかったのかな」。その言葉に、俺の胸が痛んだ。「ゆかりのせいじゃないよ。あの時の俺は自信も勇気もなかったから…」
その日以降、ゆかりは徐々に明るさを取り戻していった。食事を共にしながら、二人で過去を懐かしんだ。少しずつ笑い合えるようになり、日々はあっという間に過ぎていく。兄貴の死が俺たちの関係を一変させたけれど、今、この瞬間に彼女とこうしていることが、どれほど貴重で、どれほど救いになっているか。ゆかりとの未来は、まだ見えないけれど、俺はこの道を選んで後悔はない。
それから2年の月日が経ち、二人は徐々に日常を取り戻し、過去を乗り越えようとしていた。俺は唐突に、「ゆかり、今日で兄貴が死んで3年だ」ゆかりは静かに頷く。「俺と一緒になってくれ」意を決して言った俺の声は震えていた。ゆかりは少し驚いたように見えたが、やがて優しい笑顔を見せ「こんなおばさんの未亡人で良いの?もう意気地なしじゃないのね。」ゆかりのその声にはかすかな震えがあった。だが彼女の表情は確実に、子供の頃の悪戯っぽい笑顔を取り戻していた。部屋に差し込むオレンジ色の光が二人の姿を柔らかく照らし出していた。太一が静かにゆかりを抱きしめると、彼女の涙が光に反射してきらめいた。

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