「あなた、ごめんなさい」泣いて謝る妻の直美。その言葉が耳に届いた瞬間、何を言っているのか俺は全く理解できなかった。俺の心に鋭い刃が突き刺さるような感覚に襲われた。が、それと同時に目の前の現実に理解が追いつかず、俺は放心状態になっていた。俺は10年もの長い間、妻の浮気に気付いていなかった。ましてや、その浮気相手と頻繁に顔を合わせていたのだ。
俺の名前は近藤誠也。妻とは結婚して8年になる。付き合い始めたのがちょうど10年ほど前だ。つまり、妻は結婚する前から二股をかけていて、結婚してからもずっと関係を続けていたということになる。全く怪しいそぶりもなかった。休日は俺と出かけていたし、仕事が終われば一緒に食事をしていた。たまに親友の真紀さんと買い物に行くくらいで、買い物帰りは合流していつも3人で食事をしていたので、妻にそんな時間があるとは思いもしなかった。
今回の休みも妻と真紀の3人でコンサートを見る予定になっていた。だが、妻が体調を崩して行けなくなった。中止になるかと思ったのだが、「真紀、すっごく楽しみにしてるから行ってあげてくれない?」と妻に提案された。そのコンサート自体はすごく見たいものだったのだが、さすがに二人ではと悩んでいたのだが、半ば強引に真紀と二人で見に行かされることになった。
真紀さんはショートカットが似合う可愛らしい女性で、控えめな性格で大人しい人だ。「直美が熱を出しちゃって、ごめんね」「いえ、大丈夫です。気にしないでください」「二人で見に行くことになったけど良かったのかな」「はい」
真紀は二人きりなことに緊張しているのか中々言葉が続かなかった。自分自身も控えめな性格なので、話を振ってあげることが出来なくて微妙な緊張感が漂っていた。ただ、コンサートが始まると少しずつ緊張もほぐれ、いつものように自然と話せるようになっていた。コンサートの帰り際、「すっごく良かったですね」とテンションが上がっているのか体を上下に揺すっていた。「あ、あぁ。そうだね」キレイ系でお姉さんタイプの妻とは違う、可愛らしい妹タイプの真紀を目の前にし、かなりドギマギしてしまった。帰り際の雑踏の中で、妻というクッションが無い分余計に真紀の可愛らしさに目が釘付けになっていた。
その日から少しずつ真紀のことが気になりはじめ、個別で連絡を取りあうようになった。少しずつ距離が近づき、お互いが意識しだしていた。しかし、ある日を境に彼女からの返信は突然途絶え、連絡は帰ってこなくなった。そんなある日、妻の帰宅前に真紀が家にやってきた。「あれ?まだ直美は帰っていないよ?」とひとまず家に上がってもらおうとしたのだが、「すみません、早く来すぎちゃいましたね。出直します」と、真紀は目を伏せながら小さな声で言った。彼女の不安げな表情が、俺の心にさらなる不安を呼び起こした。「待って!」と俺は急いで彼女の腕を掴んだ。その手の震えが、彼女がどれほど緊張しているかを物語っていた。「最近どうしたの?」と尋ねる。真紀は黙っている。しばらくして「やっぱり帰ります」と帰ろうとした。その時俺は真紀の腕を掴み、彼女を抱きしめた。「ダメなんです」と言い、目から涙があふれていた。「ごめんなさい。」振りほどいて出ていこうとする彼女を、俺は少し強引に引き寄せ優しくキスをした。力の入っていた真紀の体は徐々に力が抜け、彼女の手が背中に回ってきた。俺たちは抑えていた気持ちが解放されたかのようなキスをしていた。その時、玄関がガチャっと開いた。「ただい……ま」俺と真紀が抱きしめあっている状態で、妻と目が合った。オロオロする間もなく、妻はフッと笑い、「さあ、みんなで話をしましょうか」とリビングに移動するように促された。
妻の顔は怒っているわけでもなく、笑顔なわけでもなかった。何とも言えない顔をしていた妻が「真紀、もう怖くはなくなったの?」と真紀に質問を投げかけた。
俺に怒りが飛んでくるとの予想が外れ、真紀に話しかけたので、「いや、俺が悪いんだ。」と横から妻の会話を遮った。妻はフーと一息つき目に涙を溜め、「あなた。ごめんなさい。私は浮気していました。」と妻からの突然の告白にまったく何の話か分からず俺はパニックに陥った。「え?え?どういうこと?」頭の中が真っ白になり、言葉が出てこない。信じられない事実が次々と押し寄せ、心の中で嵐が巻き起こっていた。詳しく話を聞くと、妻は結婚前から浮気をしていた。ずっと罪悪感を感じながらも現在もまだ続いている。そしてその相手はなんと真紀だったというのだ。俺は青天の霹靂状態だった。そのまま訳も分からないまま、妻と真紀の会話が続いていた。「もう怖くなくなったの?」と妻。「うん。長年一緒にいさせてもらったら、誠也さんは怖くなくなっていたの。ごめんなさい」と真紀。「ううん。じゃ仕方ないわね。」
まだ俺には、どういうことか理解が進まないままだった。最終的に、妻と真紀は女性同士だが付き合っていた。直美が俺と付き合った際に終わるはずだったのがズルズル続いていた。さらに真紀は男性恐怖症で直美に依存していたというような内容だった。
妻に浮気現場を見られ、修羅場になると思われた矢先、妻の長年の浮気を謝罪されることになるという衝撃の一日となった。その後どうなったのかというと、俺たちは3人で暮らしていくという結論に達した。戸籍上、妻を二人にすることはできないが、愛の形は一つではない。一夫多妻制の国もあるのだから、俺は二人を幸せに出来るように全力で努力しようと心に誓った。これからの道は決して平坦ではないだろうが、互いに支え合い、共に歩んでいくことを決意した。