義父の視線が、体を凍りつかせる。このまま私は同居を続けることはできるのだろうか。
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奈央と高雄は、かつて東京で暮らしていた。しかし、義母の突然の入院がすべてを変えた。静かな田舎町への引っ越しは、二人にとって新たな生活の始まりだった。子どもたちも独立したこともあり、都会を離れる理想的なタイミングだった。だが、想定していないことが起きようとしていた。
義理の実家は築50年と古いが3人で暮らすには広々とし過ぎており、義父との同居は当初は安堵感すら与えてくれた。夫の高雄は近くの支店へ転勤し、奈央は家事全般と、義父の農作業の手伝いをすることになった。
しかし、日常が落ち着くにつれて、奈央は義父と二人きりになる時間が増えていくことに気づいた。義父は、明け方から農作業に励み、午前中にはすべての仕事を終える。その後高雄が帰宅するまでの時間、家の中は静まり返り、時の流れは遅く感じられた。
義父の親しみやすさは、当初は奈央にとって心強いものだった。しかし、徐々に体に触れるスキンシップが増えてくるのが目立つようになり、彼女の中にある不安が芽生え始めていた。誰もいない昼下がり、義父の手が奈央の肩に触れる度に、彼女の心は一層の重みを感じるようになった。
ある日、「奈央さん、あぁ。かなり肩が凝ってるじゃないか。これで少しは楽になるかな?」と言いながらいつもより長く肩を揉んできた。彼の手の温もりが皮膚を通じてじわりと広がると同時に、体の奥が冷えていく感覚に襲われた。奈央は自らの意志とは裏腹に体が硬直し、心地良さよりも不快感が勝ってしまった。
「お風呂にゆっくりと浸かるといいよ」と彼は言ったが、その言葉にはどこか違和感があり、奈央は思わず身震いした。彼の視線は優しくもありながら、何かを期待するかのように彼女の反応を窺っているようだった。お風呂が溜まる音が、この無言の緊張を際立たせる。奈央は微笑み返すことはできず、ただ静かに頷いた。戸惑いながらもお風呂に入り浸かっていると、一番の衝撃が訪れた。「奈央さん」と言い、急に脱衣所に義父が入ってきたのだ。さらにお風呂の扉を開け「これ、入れるともっとリラックスできるよ」と言いながら手渡された入浴剤。その声は優しげでも、義父の何とも言えない視線が奈央の心を深く冷やした。義父が去った後、静寂が浴室を再び包み込む。奈央は湯船に沈んだまま、水面に揺れる薄暗い光を見つめながら、自分の高鳴る心臓の音だけが異様に大きく響くのを感じた。息苦しさに胸が締め付けられ、独りでいるはずの空間にも関わらず、どこか視線を感じて落ち着きが一切なかった。この家、この田舎での生活、そして義父のこの不穏な距離感。彼女は、このままだと何かが起こるのではないかという不安と恐れに駆られていた。
夜、家に帰って来た夫を前にして、奈央は何を言えばいいのか分からなかった。彼女の頭の中は、言葉を形成する前に感情に押し流され、ただただ彼を見つめることしかできなかった。彼女の心は戸惑いに満ち、この家での生活が続けられるのか、自問自答を繰り返していた。