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誰にも言えないお昼の時間

いつまでも若く禁断背徳裏切り
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午後の残像、そして夜明け

気だるい午後の光が、ブラインドの隙間から細く、部屋に差し込んでいる。シーツは私の体温と、名前も知らない男の熱で湿っていた。目を閉じると、男の荒い息遣いと、安物のコロンの匂いが混じり合った空気が、現実感を曖昧にする。

「…もう、終わり…?」

不意に動きを止めた男の重みが、私を現実へと引き戻した。背中に爪を立てるようにしがみつきながら、最後の余韻だけを自分のものにする。行為が終わると、いつも虚しさが足音もなく忍び寄ってくる。男は無造作に私の髪を撫でた。その手つきに愛情はない。ただの習慣、あるいは別れの合図。

「ああ。時間は大丈夫か? そろそろ戻らないと」 「…ええ、わかってる」

早くここから消えたい。日常に戻る前の、この仮初めの空間が今はただ息苦しい。男がシャワーを浴びる音を聞きながら、私は散らばった服を急いで身につけた。鏡の中の私は、頬が上気し、目はどこか虚ろだ。疲れている。でも、この疲弊感と引き換えに得られる、一瞬の、しかし強烈な「生きている」という感覚。それが、今の私には必要だった。

シャワーを終えた男と、当たり障りのない短い言葉を交わす。まるでビジネスの取引を終えた後のように。そして、別々に部屋を出る。エレベーターが1階に到着するゴトン、という音。私の心臓も同じように、大きく揺れる。

ホテルのロビーを足早に抜ける。外はまだ明るい。この明るさが、私の秘密を白日の下に晒すようで、いつも少し怖い。深呼吸を一つ。タクシーを拾い、自宅へと向かう。

この午後の情事は、私にとっては麻薬と一緒だ。夫・伸一との生活は、傍目には完璧に見えるだろう。優しい夫、経済的な安定、広く美しい家。でも、そこには息が詰まるような閉塞感があった。変化のない毎日。求められる「完璧な妻」という役割。そのすべてから逃れたくて、私は別の誰かと一緒になる。刹那的な関係の中に身を投じ、自分の中に澱(おり)のように溜まった渇望を解放する。

伸一を裏切っている罪悪感がないわけではない。彼の優しい笑顔を思い出すたびに、胸がちくりと痛む。でも、それ以上に、この秘密がなければ、私は穏やかな日常の中で溺れてしまうような気がしていた。解放感と罪悪感。その危ういバランスの上で、私はかろうじて立っていた。

***

私、田中 雪の朝は、いつも完璧に始まる。広々としたリビングダイニングには朝日が差し込み、丁寧に淹れたコーヒーの香りが漂う。アイロンがけされた夫・伸一のシャツは皺一つなく、朝食の食卓には彩り豊かな料理が並ぶ。

「いってらっしゃい、あなた」 玄関先で、私はにこやかに夫を送り出す。大手商社に勤める彼は、毎朝同じ時間に家を出て、帰宅はいつも深夜だ。ドアが閉まり、高級マンションの一室に静寂が訪れる。

私は、誰もが羨むような生活を送っている。優しく経済力のある夫、都心に近い便利な立地、美しく整えられた住まい。友人たちは私の満ち足りた暮らしぶりを称賛し、私自身もそれを否定しない。家事をこなし、時には友人とお茶をしたり、趣味のフラワーアレンジメント教室に通ったり。貞淑で穏やかな妻、それが私の表の顔だ。

しかし、時計の針が午後1時を指す頃、私の中の何かが静かに変容を始める。

丁寧に施されたメイクはそのままに、上品な普段着から、体のラインを強調するようなワンピースや、少し大胆なデザインのブラウスに着替える。香水も、朝の柔らかなフローラル系から、もっと官能的で複雑なオリエンタル系へと変える。鏡に映る自分は、朝の穏やかな主婦とは別人に見える。

私は慣れた手つきでスマートフォンを取り出し、特定のアプリを開く。そこには、同じような秘密を求める男性たちからのメッセージが並んでいた。私は無機質なホテルの予約サイトで、都心の目立たないビジネスホテルの一室を確保する。支払いは常に現金だ。

約束の場所へ向かうタクシーの中、私の心臓は高鳴る。それは恐怖ではなく、日常からの解放感と、禁断の行為への期待感がない混ぜになった興奮だ。私が会う相手は様々だ。寡黙な大学教授、自信に満ちた若い起業家、どこか影のあるフリーランスのカメラマン、ヤクザの下っ端。彼らに共通しているのは、私の「家庭」や「背景」に深く立ち入ろうとしないこと、そして平日の午後に自由な時間があることだけだった。

ホテルの一室で、私は「田中雪」という名前を脱ぎ捨てる。偽名を名乗り、夫には決して見せない表情で笑い、体を重ねる。そこには、家庭という安全な場所では得られない、刹那的で強烈な刺激があった。夫の伸一は、私を深く愛していると信じている。しかし、彼の愛は穏やかで、予測可能で、時に退屈ですらあった。私が求めているのは、安定した生活の対極にある、危険なほどの情熱と、自分自身ですら知らない「別の自分」との出会いなのかもしれない。

午後4時。魔法が解ける時間だ。私は何事もなかったかのようにホテルを後にし、帰路につく。帰宅すると、すぐにシャワーを浴び、衣服を着替え、香水の残り香を入念に消す。スマートフォンからはアプリを削除し、通話履歴やメッセージも完全に消去する。完璧な主婦・田中雪に戻るための儀式だ。

夕方、スーパーで買い物をして、夕食の準備を始める頃には、午後の出来事はまるで夢の中の出来事のようだ。しかし、ふとした瞬間に、肌に残る感触や、耳に残る声が蘇り、私の心を揺さぶる。罪悪感がないわけではない。だが、それ以上に、この秘密がなければ、平凡で満ち足りた日常に窒息してしまいそうな感覚があった。

深夜、夫が帰宅する。「おかえりなさい」と微笑む私の顔は、貞淑な妻そのものだ。伸一は妻の完璧さに感謝し、その笑顔の裏に隠された深い闇には気づかない。

私の二重生活は、いつまで続くのだろうか。私自身にも分からない。ただ、太陽が高く昇る平日の午後、私は再び別の顔になり、束の間の刺激を求めて街へ出るのだろう。映画『昼顔』で、カトリーヌ・ドヌーヴが演じたセヴリーヌがそうしたように。満たされない渇きを抱えたまま、完璧な日常と危険な午後の狭間で、私は密やかに揺れ動き続ける。

***

あの日も、私は新しい相手との約束のため、少しだけ気持ちを高揚させながら、都心の目立たないホテルへと向かっていた。いつものように、チェックインを済ませ、エレベーターホールへ向かう。日常から非日常へと移る、この瞬間が一番、心がざわつく。

その時だった。

「…田中さん?」

聞き覚えのある声。まさか。恐る恐る振り返ると、そこにいたのは、同じマンションの佐藤夫人だった。驚きと、そして…ああ、隠しようのない軽蔑の色が、彼女の目に浮かんでいる。私の隣には、今日初めて会った男が、きょとんとして立っている。

「さ、佐藤さん…こんにちは。偶然ですね…」

喉がからからになるのを感じながら、私は必死で笑顔を作った。隣の男にも目配せし、軽く会釈させる。すべてがスローモーションのように感じられた。

「ええ、本当に…。こちらの方は?」 佐藤夫人の視線が、値踏みするように男へと向けられる。ああ、どう見ても、夫ではない。服装も雰囲気も違う。

「あ、ええと、仕事の関係で…。ちょっと打ち合わせを」

自分でもわかる。苦しすぎる言い訳。私の今日の服装は、仕事の打ち合わせには見えないだろう。佐藤夫人の目が、さらに細められた気がした。

「…そう。たいへんね、お忙しくて」

その声には、何の感情もこもっていなかった。それが逆に、私の心を冷たく抉った。彼女は足早に立ち去った。その後ろ姿を、私はただ、立ち尽くして見送るしかなかった。隣の男が「知り合いか?」と尋ねたけれど、「ええ、まあ…」と答えるのが精一杯だった。

あの日のホテルでの時間は、最悪だった。佐藤夫人の目が、ずっと私を追ってくるような気がして、全く集中できなかった。早く帰りたい。早く、何事もなかったかのように、日常の仮面を被りたい。焦りだけが募っていた。

***

恐怖は、現実のものになった。じわじわと、しかし確実に、私の周りの空気が変わっていくのを感じた。

マンションのロビーですれ違う住人の視線。挨拶を交わしても、返ってくる笑顔はどこか引きつっていて、すぐに逸らされる。エレベーターで乗り合わせれば、気まずい沈黙が支配する。ひそひそと交わされる囁き声が、私の名前を呼んでいるような気がする。気のせいじゃない。あの日の佐藤夫人の目撃談は、あっという間に井戸端会議の恰好のネタになったのだ。

「田中さんの奥さん、見たんだって…」 「昼間から、男の人と…ねぇ…」 「ご主人、真面目そうな方なのに、お気の毒に…」

私は家に引きこもるようになった。大好きだったフラワーアレンジメントの教室も、足が向かない。友人からのランチの誘いも、どう断ればいいのか分からなかった。伸一にだけは、知られてはいけない。この完璧な日常を守らなければ。そう思う一方で、胸の中では罪悪感と恐怖が渦巻き、日に日に大きくなっていく。もう、限界が近いのかもしれない。

そして、その夜は、突然やってきた。

夫の帰宅が、いつもより早かった。玄関の鍵が開く音に、私の心臓は飛び跳ねた。リビングに入ってきた彼の顔を見て、悟った。ああ、知られてしまったのだ、と。彼の顔は、見たことのないほど硬く、その目には冷たい光が宿っていた。

「おかえりなさい、あなた…」 声が、震える。

伸一は何も言わず、私の前に立った。その威圧感に、私は息をすることすら忘れそうだった。

「雪」 低く、抑えられた声。でも、その奥には、マグマのような怒りが煮えたぎっているのが分かった。 「…はい」

「今日、会社で妙な話を聞いた」 彼はゆっくりと、言葉を一つ一つ確かめるように続けた。 「君が…昼間、見知らぬ男とホテルに入っていくのを、うちのマンションの住人が見た、と」

全身から血の気が引いていく。頭が真っ白になる。ついに、この時が。

「それは…」 違うの、誤解なの、と言いかけた私の言葉を、夫の鋭い声が打ち砕いた。

「嘘をつくな!」

結婚して以来、彼がこんな大声を出したのを、私は聞いたことがなかった。彼はテーブルを拳で叩いた。置かれていたカップが、甲高い音を立てて揺れる。 「俺が毎日、必死で働いている間、君は! 君は一体、何をしていたんだ!?」

彼の目に涙が浮かんでいるのを見た。怒りだけではない。深い悲しみ、裏切られたことへの絶望。それが、彼の心をずたずたに引き裂いているのが、痛いほど伝わってきた。 「答えてくれ、雪! 俺は君にとって、何なんだ? この家庭は、君にとって何だったんだ!?」

もう、何も言い返せなかった。どんな言葉も、言い訳にしかならない。私の頬を、熱い涙が止めどなく流れ落ちた。後悔と、彼をこんなにも深く傷つけてしまったことへの痛み。 「ごめんなさい…ごめんなさい、あなた…っ」 嗚咽しながら、私はその場に崩れ落ちた。足元から、私の世界が崩れていく音がした。

夫はしばらく、荒い息をつきながら私を見下ろしていた。その目に宿るのは、怒りか、軽蔑か、それとも…。やがて、彼は深く、絶望的なため息をつくと、何も言わずに寝室へ向かった。パタン、と閉められたドアの音が、私と彼の間に、決定的な亀裂が入ったことを告げていた。

その夜、私たちは言葉を交わさなかった。広いベッドの右端と左端。遠く離れて、互いに背を向けたまま、夜の闇の中で息を潜めた。伸一の背中が、まるで拒絶の壁のように感じられた。私が壊してしまったのだ。私たちの穏やかだったはずの日常を。もう、二度と元には戻れないのかもしれない。

***

翌朝、重い体を引きずってリビングへ行くと、夫はもう出かけた後だった。いつも二人分用意するコーヒーカップ。彼のカップは、そこにあるのに、使われた形跡はなかった。代わりに、一枚のメモが置かれていた。

『今夜、話がしたい』

たった一言。でも、その短い言葉が、宣告のように重く私の胸にのしかかった。離婚。きっと、そう切り出されるのだろう。当然だ。私がしたことを考えれば、受け入れるしかない。でも…。

一日中、私は抜け殻のようだった。何もする気が起きず、ただ窓の外を眺めていた。午後の日差しが、部屋に差し込んでくる。かつて、この時間が、私に禁断の自由を与えてくれていた。でも今は、その光がひどく眩しく、そして痛かった。なぜ、あんなことを。満たされない心があったのは事実だ。でも、その捌け口は、もっと別の形で見つけられたはずだ。夫と、もっとちゃんと向き合えばよかった。彼の優しさに甘え、私は一番大切なものを踏みにじってしまった。

夜。伸一が帰ってきた。昨日とは違う、重苦しい静けさが部屋を支配している。私たちは食卓に向かい合った。並べた料理には、ほとんど手がつけられない。

沈黙を破ったのは、伸一だった。 「なぜ、あんなことをしたんだ?」 彼の声は、驚くほど静かだった。怒りではなく、純粋な問いかけのように聞こえた。

私は俯いたまま、ぽつり、ぽつりと話し始めた。うまく言葉にできたかは分からない。結婚してからの、満たされているはずなのに感じる空虚感。社会から取り残されていくような焦り。「妻」という役割に押し込められる息苦しさ。仕事ばかりで、私を見てくれていないように感じた寂しさ。そして、いけないことだと知りながら、求めてしまった刺激と、別の自分になりたいという歪んだ願望。伸一への愛情が消えたわけではない、ということだけは、必死で伝えたかった。

伸一は、ただ黙って私の言葉を聞いていた。時折、目を伏せ、何かを深く考えているようだった。私が話し終えても、彼はすぐには何も言わなかった。長い、長い沈黙。もう、終わりだ、と思った。

やがて、彼が口を開いた。 「…気づかなくて、すまなかった」

耳を疑った。顔を上げると、彼は私をまっすぐに見つめていた。 「君が、そんな風に感じていたなんて、思ってもみなかった。俺は、ただ仕事を頑張って、君に楽な暮らしをさせることが、自分の役目だと思い込んでいた。君が笑顔でいてくれれば、それでいいんだと…。君の心の中を、ちゃんと見ていなかった。君を一人の人間として、見ていなかったのかもしれない」 彼の声は、後悔の色を帯びていた。 「もちろん、君がしたことは、決して許されることじゃない。俺は、深く傷ついた。裏切られたという気持ちは、すぐには消えないだろう」 彼は続けた。その目は真剣だった。 「だけど…」 一呼吸置いて、彼は言った。 「俺も、変わらなければいけないのかもしれない。この関係を、もう一度見つめ直す必要がある」

私の頬を、また涙が伝った。でも、それは昨日の絶望の涙とは違った。温かくて、しょっぱい味がした。

「俺たちは、もう一度やり直せるだろうか?」

彼の問いかけに、確信はなかった。壊れたものを元通りにすることはできないかもしれない。それでも、彼の言葉には、微かな光が灯っていた。

「…わからない。でも…」 私は震える手で、彼の手に触れた。彼は驚いたようだったが、その手を振り払いはしなかった。触れた指先から、彼の温もりが伝わってくる。 「やり直したい。あなたと、もう一度…」 声になったかどうか、定かではない。でも、私の心からの願いだった。

***

あれから、数ヶ月が経った。

私たちの朝の風景は、少しだけ変わった。完璧に整えられているのは以前と同じだけれど、どこか張り詰めていた空気が消え、穏やかな時間が流れている。夫は、以前よりも少し早く帰ってくる日が増えた。週末には、二人で散歩に出かけたり、話題のカフェに行ってみたりもする。会話が増えた。今日あった出来事、感じたこと、時には、あの日のことや、私たちのこれからについて、率直に話し合うこともある。

私は、午後の秘密の時間を、完全に手放した。もう、あの歪んだ刺激を求める必要はない。自分の心の中にあった空虚さは、伸一と向き合うことで、少しずつ埋まってきている気がする。もちろん、私がつけた傷が完全に消えたわけではない。時折、罪悪感や後悔の念に苛まれることもある。夫の心の中にも、きっと癒えない痛みが残っているだろう。

それでも、私たちの間には、新しい関係が芽生え始めていた。それは、完璧な仮面を被った上辺だけの関係ではなく、互いの弱さや過ちを受け入れた上で築かれる、不器用だけど、誠実な繋がりだった。

ある晴れた朝。私はリビングの窓を開け、春の柔らかな空気を胸いっぱいに吸い込んだ。朝の光が、部屋の中を優しく照らしている。テーブルの上には、伸一が淹れてくれたコーヒーが、温かい湯気を立てていた。

「いい天気だね」 キッチンから顔を出した伸一が、穏やかに微笑む。 「ええ、本当に」 私も、心からの笑顔で応えることができた。

この先、何が起こるかは分からない。私たちの未来が、完全に晴れ渡る保証はない。でも、私の心には、暗い午後の記憶ではなく、夜明けの光のような、静かで確かな希望が満ちている。私たちは、一度壊れた場所から、もう一度、手を取り合って歩き始めたのだ。その道は、きっと平坦ではないだろう。それでも、二人でなら、きっと…。私は、そう信じている。

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